その頃、誘拐されたさんはどうしていたのかというと。
何故かドクタケ城の砦の敷地の中で一番立派なお部屋で至れり尽くせりのおもてなしを受けていました。









チキチキ救出大作戦!
  その3 最後に呼んだ君の名は










「……わたし、捕まってきたはず、よね…?」



自問自答してみます。忍術学園からこの砦へと向かう道すがら、持ち上げられた体の下で話をするドクタケの皆さんの会話から
どうやら「剣豪・野牛金鉄」の孫娘である自分を利用して金鉄をドクタケ城に引き入れる為に攫われてきたのだと判りました。


(おじいさまは今頃諸国漫遊真っ最中だから、わたしを捕まえても何もできないと思うんだけどなぁ)


ぽりぽりと頬をかき、ふぅ、と息をつきます。それから、何で今の状況…捕まったはずなのにおもてなしされちゃっているのかと、ひっそりと思い出してみました。





さんが、自分を誘拐したのはドクタケ忍者隊なんだと気がついたのは、小松田くんが代筆してもらっていた雨鬼の言葉を聞いた時でした。
は組のみんなからよくドクタケ城のお話を聞いてはいましたが、こうやって直接会ったのは初めてのことです。
きり丸が言うには、ドクタケ城は他のお城に何度も戦を仕掛けている悪い城である、だけどそのドクタケ城に勤める人々は何だか間が抜けているとの事でした。
ですがそうは聞いていても、実際にさらわれたさんにしてみれば怖くて怖くて生きた心地がしなかったのです。
ドクタケ城は悪いお城、その人たちにわたしはさらわれてしまった…!!
どうしよう、殺されてしまうのかしら…! 本当に、本当に心の底から恐ろしくてたまらなかったのです。
その恐ろしさが更に大きくなったのは、いざ砦に着いて地下の薄暗い牢屋に閉じ込められたときでした。
簀巻きになっていた体を自由にされたと思ったら、ぽいっと捨てられるように牢屋に投げ入れられ、したたかに打ち付けたお尻がじんじん痛くてびっくりしていたところに、それはそれは頭の大きい、いかにも悪役ですと顔に書いてあるようなおじさんが

「ぬわっはっはっは」

と大笑いしながら牢屋の前に立ちふさがりました。
そのおじさんがは組のみんなが言っていた「稗田八方斎」だと知ったのは、おじさんが笑いすぎてそっくり返り、しまいには頭からひっくり返ってしまい起き上がれなくなったのを見た時でした。

(うわぁー、本当に頭の重さで起き上がれなくなってる……!!)

話を聞いたときはとてもじゃないけど半信半疑でしたが、まさかその現場を目の当たりに出来ようとは。さんはちょっぴり感動しました。
そんなさんの視線に八方斎は気がついたのでしょう、ゴホン、と重々しく咳払いをし

「ぬふふふふ。ようこそ殿、我がドクタケ城の砦へ」

恐ろしげな顔を作り挨拶してきましたが、さんは先ほどの笑撃映像のせいでもう全然怖いとは感じなくなっていました。
あんな面白名場面を見せられてから怖い顔をされても、逆におかしくてたまらないのです。何だか笑いも止まりません。
そんなさんに、怒りを爆発させた八方斎は、近くに控えていた風鬼にさんを厳重に見張っているよう命じて出て行ってしまいました。







(このあたりで、ドクタケ城にさらわれてきたことは怖くなくなったのよねぇ)

広々としたお部屋の、砦の中とは思えないほど平和な縁側で、さんは出されたお茶を啜ります。








「いやぁ、お嬢さんも災難だねぇ」

八方斎がいなくなったあと、風鬼が明るく笑いながら言いました。さんをさらってきた張本人の一人でしたが、さんは気にしません。
だって、さっき八方斎が転んだとき、影でこっそり笑っていたのを見てしまったのですから。ちょっとした連帯感を持ってしまったのです。

「本当にびっくりしましたよぅ、まさか誘拐されるなんて思ってもなかったんですもの」
「そりゃあ、そうだろうなぁ。まぁお嬢さんは、そのうち忍術学園に帰してあげられると思うよ。それまでは申し訳ないけど我慢してやっておくれよ」

すまんねぇ、と頭を下げる風鬼にさんは「無事に帰してくれるならいいかなぁ」と暢気に思いました。
思っていたより風鬼がいい人そうなので、緊張感がなくなっていたのです。
そんなさんを見て、風鬼はちょっと押し黙り

「……いい!! いいねお嬢さん、いやさん!!」

そう叫ぶと、懐から南蛮菓子のビスコイトを出してさんに渡しました。

「こないだ、堺の港で手に入れたんだ。美味いからよかったら食べてください」
「わぁ美味しそう、いただきます!」

パッと満面の笑顔でさんはビスコイトをひとかじり。ニコニコとお菓子を食べるさんを見て、風鬼は満足そうに頷きました。

そんな風鬼とさんのやり取りを見ていた沢山の人影がどどど、と地響きと共に牢屋の前にやってきました。
さんをここまで連れてきた雲鬼、雨鬼、そして暁鬼をはじめとしたドクタケ忍者隊の隊員さんたちと、ドクタケ忍者のたまご…ドクたまのしぶ鬼、いぶ鬼、ふぶ鬼と山ぶ鬼です。
「父ちゃんだけズルイ! ボクたちもお姉さんとお話したいよ!」と風鬼の息子のふぶ鬼が抗議すると、「「「そーだそーだ!」」」と他のドクたまが頷きました。

「いやぁ、さんだっけ。これもよかったら食べとくれ! オレたちからのお詫びだよ」

と、暁鬼が近くの町で大人気のお饅頭を手に乗せてくれました。

さんは、相手が敵の忍者だというのにその人たちの言葉一つ一つを深く信じました。
お菓子一つにしたって、もしかしたら何か毒が入れられているかもしれないのに、きちんとお礼を言ってにっこりと微笑み嬉しそうに食べるのです。
そんなさんを目の前にして、ドクタケ忍者の皆さんはさんをとても素敵な人だと思うようになりました。
さんも何かと気を使ってくれるドクタケ忍者の皆さんが、本当はとても優しくてお人よしな人たちなんだと安心しました。
そうしてみんなと打ち解けて、しばらく経った頃。








「でも、お姉さんかわいそう…」




ぽつり、と山ぶ鬼がつぶやきました。どうしてだい、と誰かに問われて

「だって、お姉さん何も悪いことしていないのにこんな牢屋に入れられてるんだもの」

その一言に、ドクタケ忍者達はしぃん、と静まり返りました。
言われてみればその通りなのです。さんは、ただ名高い剣豪の孫娘というだけで連れてこられた挙句牢屋に放り込まれているのですから。

「そう…だよなぁ。さんはとんだとばっちりだったんだよなぁ」

しょげ返った雲鬼が肩を落としました。

「それなのにこんな暗くてじめじめしてせまっ苦しい牢屋なんかに閉じ込められてるなんてなぁ……」

不憫で仕方がない……!! 雨鬼がサングラスの下の目に浮かんだ涙をぐっ、と懐布で拭きました。
それを皮切りに、さめざめとした涙交じりの声があちこちからあがりはじめます。
こうなって驚いたのはさんです。
確かにいきなり牢屋に閉じ込められてびっくりしたし怖い思いもしたのですが、ドクタケ忍者のみんなと打ち解けきった今となってはそんな感情は星のかなたに飛んでしまっています。

「そんな、わたしのことは気にしなくても」

いいのに、とオロオロしていると。

「………ボクたち、校長先生にお姉さんを牢屋から出してもらえるように掛け合ってくる!!」

サングラスの奥で決意に燃えた目をして、ドクたまの四人が牢屋を走り出て、

「よーし、俺たちもいくぞぉ!!」

と今度は忍者隊がエイエイオー! と拳を突き上げました。来たときと同じように地響きを伴ってあっという間に牢屋から消えていきます。

「ど、どうしましょう…」

と困りきったさんが、見張り役の風鬼に尋ねましたが答えは返ってきません。なんと、風鬼も一緒に出て行ってしまったようでした。

「………」

ひゅるー、と木枯らしにも似た風が、さんの心の中で吹きすさぶのでした。







それからまたしばらくして、どうやら八方斎との交渉が成立したらしいドクたま達とドクタケ忍者達によって通された部屋が、お殿様用に拵えられた広いお部屋だったのです。






さんがさらわれてからどれほど経ったのでしょうか。
空はすっかり夕焼け色に染まり、お部屋にも明かりが灯されました。
美味しいお茶を飲み干して一息つくと、さんはひじ掛けに凭れてとろんとまどろみはじめます。

(風鬼さんたちは、そのうち帰してくれるって約束してくれたけど…)

いつになったら帰れるのか、そればかりはわかりません。
いきなり連れて来られてしまったのでまさか食堂のオバちゃんのお手伝いも出来るわけがなく、それにひとりで過ごすこの部屋では退屈で退屈で仕方がないのです。
ですが、形式上はドクタケ城に囚われている身。
さんは牢屋から出して貰えたそのかわりに、この部屋から一人で出かけないようにときつく言い渡されてしまったのです。
退屈だからと言って自由気ままにうろちょろしてしまったりしたら、頑張って牢屋から出してくれるように頼んでくれたドクタケ忍者たちやドクたまたちに申し訳がたちません。
そのドクタケ忍者隊のみんなやドクたま達はというと、みんなそれぞれの仕事や予定で既に殆どがばらばらに散ってしまいました。
何だか酷く心細くなり、さんはここにきて初めて寂しいと思うようになりました。


「……寂しいなぁ、……学園に帰りたいなぁ…」


ぽつりと呟いて目を閉じると、忍術学園のみんなの顔が浮かんでは消えてゆきます。
沢山の笑顔が瞼をよぎり、そうして最後に一番大きく浮かんだ顔が消える頃には、さんはすっかり眠りに落ちていきました。











さんが次に目を覚ますと、空はもう闇の色に染まっていました。随分眠っていたのだなぁ、と寝起きの頭がのんびりとした感想を引っ張り出してきました。
……しかし、何やら砦の様子がおかしいのです。あちこちで大きな音があがり、わぁわぁと沢山の人の声が飛んできます。
その喚声が、どうやら忍術学園の人々のものだと気がついたのは、ボロボロになって抜き身の刀を持ってさんに向かってノシノシと歩いてくる稗田八方斎と、その八方斎を止めようと必死になっている風鬼や雨鬼達が現われたときでした。思わず立ち上がり、じりじりと後ずさりします。

「お頭ぁ、やめましょうよ〜! さんは俺たちが勝手に連れてきただけじゃないですかぁ!」
「えぇぇいうるさいうるさーい! 忌々しい忍たまどもがこの砦に来た今、この小娘は立派な人質じゃあ!! 精々役に立ってもらうぞぉぉ!!」




(忍術学園のみんながわたしを助けに来てくれた…!?)




八方斎の言葉に驚き、そして同時に感激したさんでしたが、その直後に八方斎の刀が喉元に突きつけられてびくっと体が固まりました。
八方斎を止めようとしていたふたりは、いつの間にか頭に大きなたんこぶをこさえて畳の上でうんうんと唸っています。

「さぁ小娘、死にたくなければこっちに来るんだ!」

ギラギラと睨みつけられたさんは、刀を向けられた恐ろしさに体が震えて止まりません。
一度は消えた恐怖が、ずぅっと大きくなってさんを襲っているのです。それでもさんは気丈にも八方斎を睨んで、震える声で言いました。



「い、嫌です! 人質になんかなりません!」



そうです。人質になってしまったら、助けに来てくれた忍術学園の人たちがどんな目に遭うかわかりません。
迷惑をかけるくらいならここで八方斎に食い下がって少しでも忍術学園の皆の足手まといにならないように頑張ろうと思ったのです。


(たとえ、それで傷つけられようとも、殺されてしまっても、ずっとわたしを大事にしてくれていた皆のためなら!)


「ぐぐぐ……! えぇい、こうしてくれるっ!!」

とうとう激怒した八方斎の刀が大きく振り上げられ―――



もうこれで終わりだわ、そう覚悟したさんはぎゅぅ…と目を閉じ、眠りにつく前、最後に浮かんだ人の名前を、小さな声で呼びました。








「土井先生…!」 「利吉さん…!」 「伊作くん…!」 「文次郎くん…!」
「仙蔵くん…!」 「留三郎くん…!」 「長次くん…!」 「小平太くん…!」
「雷蔵くん…!」 「三郎くん…!」 「は組のみんな…!」








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というわけでようやく分岐です。
なんかここだけやたら文章量多いよね! …詰め込みすぎました。
選択肢は順次アップ予定。