「……っ、文次郎君…!」

本当に小さな声でしたが、さんは呼びました。
最後の最後に会いたかった、一番―――大切な人の名を。











チキチキ救出大作戦!
その4のD 潮江文次郎編










そのときでした。
ひゅん、と天井裏から影が落ちてきて、さんと八方斎の間に割り込むように立ち塞がりました。影は持っていた武器……槍のようなもので、八方斎の刀をガチン! と跳ね飛ばします。
その背中は、たった今、どうしても会いたくてたまらなかった、潮江文次郎のものでした。
嬉しい、助けに来てくれたんだ……! さんの胸が喜びに高鳴ります。
ですがその喜びは、ぐぬぅ、とうなる八方斎を睨みながら、文次郎が呆然としているさんに

「呼ぶのが遅ぇ!」

と怒鳴ったことであっという間にしぼんでしまいました。
これには流石のさんもがっかりです。
こちとらそんなところに文次郎が来ていた事すら気付いていなかったわけですし、もうひとつ言えば八方斎が乗り込んでくるまでほぼ寝ていたわけですから、寂しいとは思ったもののそれほど切羽詰った思いもしていません。
というようなことをぼそぼそと反論しますが、文次郎は全くとりあってくれません。それどころか、

「お前は本当にとろい女だな! いつもぼんやり仕事しているからこんな風にさらわれたりすんだろう」だの、「大体、俺が言ったとおりにしないお前が悪い」だの、さんばかりを責める口調で言うばかり。はじめのうちは黙って聞いているさんでしたが、ここまで言われてムッとしないわけがありません。

「何よ、さっきから黙って聞いてれば好き勝手言ってくれちゃって! わたしだって好き好んでさらわれたわけじゃないわよ」
「はっ、どうだかな! こんな殿様用の部屋でぐっすり寝こけやがって」

とうとう八方斎からさんに向き合った文次郎とさんによる口喧嘩が勃発してしまいました。
こうなると焦るのは突然の放置プレイを実行された八方斎です。えっ、えぇぇー? と両者の間でオロオロと困った様子で、「やめなさいよ喧嘩なんて」「ちょっと、ねえ」と仲裁を試みたものの、ものの見事に全部スルーされる始末。
あまりに無視され続けるので、イラッときたのか、突如大声で、

「喧嘩するなら外行きなさい外!!」

と文次郎とさんを叱りつけました。
これに驚いた二人が気まずそうに謝罪して、肩をすくめて部屋の外へ出て行ったのを「全くもう」などと鼻を鳴らして見届けましたが、致命的な失敗をしたことに気づいたのはこれより三十を数えた頃のことでした。








「……こんなうまくいくものなのねぇ」
「な、言ったろ」

八方斎はなんでかこういうのにはよく引っかかるからな、とニヤリ笑う文次郎に抱きかかえられたさんは、既に遠ざかったドクタケの砦を振り返ります。

「助けに行くようなことがあったら、まず必ず喧嘩腰で会話するからな、覚えとけよ」

さんは文次郎からそれをずっとずっと言われ続けていたのです。これもひとつの忍術だ、と聞かされてから、いつか実際にやってみたいと思ってはいましたが、こんな形で実現しようとは。
言われた内容そのものは、ちょっと傷つかないわけでもなかったのですが、それはそれです。助けてくれたことに変わりはないのだから、と一人納得していると、「おい」ほんの少しぶっきらぼうな声がかかります。

「さっき言ったこと、気にするな、とは言わん。半分は本気だしな」
「あ、やっぱりそうなんだ……トロい女でごめんなさい」

正直なところ自分がトロいことは自覚しているさんなので、思わず素直に謝ります。
助けられた手前、まったくもって強く反論できる気がしません。
けれど文次郎は「だが、」と言葉を続けました。

「……無事でよかった」

あえて視線だけそらして、そうぽつりと。同時に、さんを抱きかかえる腕にグッと力がこもったのを感じて、さんも、そぉっと文次郎に捕まる腕に力を込め返したのでした。













その後……ドクタケ城では、稗田八方斎の猛烈な反対を押し切った形でさんファンクラブなるものが発足し、忍術学園では幸せそうに笑うさんと、もしものためにとキリリとした表情で色んな対処法を教える文次郎の仲睦まじい姿が食堂の片隅で見られるようになったそうです。






めでたしめでたし。






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まさかの云年ぶりに更新です、しかもまさかの文次郎。
書き始めた当時と文次郎のキャラ解釈がガラッと変わってしまったので、
俺様気味→ぶっきらぼうな不器用キャラに。誰だよ。
何となく、色々こまごまと忍術をレクチャーしてくれたらいいなーという妄想込みです。