「……留三郎くん……っ」 本当に小さな声でしたが、さんは呼びました。 最後の最後に会いたかった、一番―――大切な人の名を。 チキチキ救出大作戦! その4のF 食満留三郎編 その直後のことです。頭上から「ガタ」、と物音が響き 「曲者!?」 バッ、と八方斎が天井へ顔を向けます。 ふぎゅるっ その大きな顔に天井から飛び降りてきた誰かの足が綺麗にめり込み、八方斎は声もなく仰向けに畳へ沈みました。 さんに背を向け必要以上にめり込んだ足をぐりぐりしながら、 「無事か、さん」 ぐりぐり。 さんと内緒でお付き合いしている年下の恋人……留三郎が振り向きました。 「留三郎くん!」 ぐりぐり。 絶体絶命のピンチでの白馬の王子様の登場に、ぱああっと強く顔を輝かせるさん。 ぐりぐり。 「どうやら間一髪ってところだったのかな」 ぐりぐりぐり。 「うん…ちょっとだけ怖かったよ」 ぐりぐりぐりぐり。 「ほんとにちょっとだけなんだかなぁ…」 ぐりぐりぐりぐりぐりゅっ。 「………それ以上ぐりぐりしたらその人の顔今以上に大きくなりそうだね…」 「それはそれで面白そうだと思う」 「……面白い以前に気色悪いことになりそうだからその辺でやめたげて」 さんはちょっぴり顔を引きつらせました。きっと顔が今以上に大きくなった八方斎を想像してしまったのでしょう。 随分想像力が豊かだな、と留三郎が思っていることなど気づきもしないさんでした。 さていざ脱出しようと留三郎はさんの手を取り、だだっ広い部屋を出ようとしましたが、さんは何か後ろ髪を引かれるような素振りで中々足が進まないようでした。 「さん、のんびりしてる暇はないぞ」 急いで逃げようと急かしますが、さんはおろおろとするばかりです。 何度も振り返っては、己の上司に殴られて気絶している赤い制服の忍者二人に心配そうな目を向けて 「風鬼さんと雨鬼さん、二人ともずっと気絶したままなのよ!」 打ち所が悪かったのかな、どうしようどうしよう! ……殆ど泣き声で、さんは留三郎を見上げます。そんなさんを見て、 「あのなぁ」 すぅ、はぁ、と自分を落ち着かせるように小さく深呼吸を繰り返し 「自分が何言ってんのか、さんあんたはわかってるのか? こいつらはドクタケ忍者の一員だ。俺たちの敵なんだぞ」 そんな奴ら放っておけ、とはき捨てるように呟いた留三郎の言葉に、さんは思わずきつく留三郎を睨みつけます。 「放っておけるわけないよ! 下手したら命が危ないんだよ!」 「バカ抜かさないでくれ。こいつらの戦力がどれだけ小さかろうと、気絶してくれてることで敵の力が低くなるのに越したことはないんだ」 「そんな……ひどいよ! ふたりともわたしに良くしてくれたのよ! すごく優しい人たちだもん!」 その言葉に、留三郎がいくらかイライラを含んだ目つきでさんを見下ろすように睨んで 「そいつら誘拐されてきたのは一体どこの誰だよ! お人好しにも程があるだろうが!!」 そのせいで今さっき殺されかけたの忘れたのかよ! という言葉にさんの言葉は止まってしまいました。 ぐ…と唇を噛み、泣きそうになるのを必死に堪え 「でも、たとえそうだとしても…! わたしは、わたしは……っ」 そこまで呻くように言って、黙り込んでしまったさんのつむじを見つめるように立ち尽くす留三郎でしたが、やがて深いため息をつきました。 「そんな顔されたら俺が勝てるわけないだろう…」 と、低い声で笑い、それからさんの頭を撫でると 「悪かった、…俺を差し置いてそこまで心配されてるドクタケの奴らにやいちまっただけだから」 とバツが悪そうに目を逸らしたものだから、さんはついつい頬を染めてしまったのでした。 風鬼と雨鬼のふたりは、幸いその後すぐに気がつきました。さんのほっとした笑顔の後ろに、高学年の忍たまの姿を見とめて一瞬身構えようとしましたが 「「………」」 何故だかドクタケ忍者の二人は顔を見合わせ、一つ頷きあうと 「ありがとうさん、怖い思いをさせて悪かったね。どうか無事に逃げておくれよ」 と、抜け道を教えてくれたのでした。 何とさんが捕まって(?)いた部屋の床の間に飾られた掛け軸の裏がどんでん返しになっていたのです。お約束といえばお約束です。 けれどもさんはとてもとても嬉しそうに二人の手を握り「ありがとうございます」と満面の笑顔を送ります。 しかしその背後で、留三郎が風鬼に殺気を向け、 「その抜け道、もしや偽物じゃないだろうな?」 と刺々しいままに言うものですからさんはぎょっとしました。「もう留三郎くん!」とたしなめようとすると、 「……もしも万が一オレ達が教えた道が偽物だったら、いつでもこの首をお前さんにくれてやろう」 風鬼のきっぱりとした物言いに、留三郎は暫く何かを思案して 「わかった、信用する」 と一つ頷き、掛け軸をめくりあげました。 抜け道に入ろうとしたさんは、最後にふたりを振り返り、「ほんとにありがとう」とにっこり笑顔を向けたのでした。 ドクタケ忍者が教えてくれた抜け道の出口は、砦から大分離れた小さな小道沿いにありました。 既に日はとっぷりと暮れ、そのかわりに星と月が明るく輝いています。夜道をあまり歩くことがなかったさんは、「わぁ」と小さな歓声を上げました。 留三郎はその背後を見守るように歩いていましたが、不意に足を速め、 「わ、あ!」 びっくりするさんを尻目に背中から抱きしめます。 「と、留三郎、くん?」 おっかなびっくり声をかけると、留三郎はさんの温もりに心底安心したように 「……攫われたって聞いて、心臓が止まるかと思ったんだ」 と、さんの髪に顔を埋めました。そんな留三郎を、少しだけ首を動かしてさんは見遣ります。留三郎の体温の高さに、ほわりと心がとろけたのを感じ、 「心配かけて、ごめんね。助けに来てくれてありがとう……大好きよ」 と、自分の体にまわされた少年の腕に手を添えました。するとその腕が一瞬びくりと震え、次の瞬間には更にぎゅう…と抱きしめる力が強くなり 「もしもまたさらわれるようなことがあっても、さんのことは絶対に俺が助けるから」 ―――いつのまにか周囲に集まってきていた忍たまや先生達にまるで宣言するかのように、さんの頬に唇を落としました。 その後……ドクタケ城では、稗田八方斎の猛烈な反対を押し切った形でさんファンクラブなるものが発足し、忍術学園では幸せそうに笑うさんと、今回の件で付き合っていることを公表できた留三郎が時々妙な殺気を感じながらも何だか嬉しそうに二人でデートの話をするようになったそうです。 めでたしめでたし。 ←選択肢に戻ってみる。 食満編は難産というか、まず食満自体が難解だと思います。 もんじよりよっぽど面倒見がいいとは思うんですが、ふたりは何となく方向性が似てる気がしないでもないのですよ。 ところで留三郎の変換がパッシブで止め三郎になることがあまりにも多く、 ついつい改名したろかとやさぐれかけたのは秘密にしておいてください。 |