「……っ、三郎、くん…!」

本当に小さな声でしたが、さんは呼びました。
最後の最後に会いたかった、一番―――大切な人の名を。











チキチキ救出大作戦!
その4のJ 鉢屋三郎編











「―――そんなグッとくる呼び方するなんて反則だよ、さん」



どこか、甘ったるい響きの声がしたのは、その小さな叫びから数拍置いてからのことでした。
その声は間違いなく、会いたくて会いたくてたまらなかった、鉢屋三郎のものでしたが、でもどこから声がしたのかわかりません。
目の前の八方斎を警戒しながら、視線だけを天井に向け、それから畳に落とし、更には左右をちらちら見たのですが、やっぱり声の主の姿はありませんでした。

「さ、さぶろー、くん、どこ……」

待ちわびた声はすれども、その主はどこにもいません。
さんは何だかとても悲しくなって、八方斎の前だというのにハラハラと涙を零し始めました。
もしかして、死の直前に心の中で蘇った幻聴なのかしら…、さんがそんな結論に達しようとしたとき、ぽむ、と肩に手を置かれました。
その手は―――八方斎のものでした。途端に、ぞわりとした寒気が背中を駆け上がった―――と思いましたが何故か恐ろしさも何も感じない暖かい手でした。
逆に安心感さえ覚えたさんは、はて? と首を傾げ…肩に乗せられたその手が、八方斎のものにしては酷く若いものだと気がつきました。
ここにきて、とんでもない事実に気がつきそうなさんはあんぐりと口をあけ、目の前の『八方斎』を見つめ、


「さ、三郎くん?」
「―――正解」


にんまりと笑った『八方斎』の顔をべりりと破り、ほんの少し切れ目を持ち上げて見せたのは、いつものように雷蔵の顔をした三郎でした。

「どう、中々怖かった?」

おどけた様子の三郎が呆気にとられて動かないさんを両腕で抱き込んで尋ねましたが、
そのさんの顔が見る見るうちに怒りで赤く染まっていくのを見て、

「わぁ、ごめんごめん。ちょっと悪戯が過ぎたか」

ぽふぽふと、宥めるようにさんの頭を軽く撫でます。
これではどっちが年上だかわからないわね、とさんは微かに笑いました。








「さぁて、早いところここから逃げないといけないな」

きょろきょろと部屋を見回し、未だ畳でのびている八方斎の部下二人を縄で縛りあげると、三郎は再び八方斎に変装しました。

「それにしても、」

三郎がさんの手を引きながら言います。

「なんだってあんなに、ドクタケ忍者に庇ってもらってたんだい、さん?」

そう言えば…と、風鬼と雨鬼が抜き身の刀をもってズンズン近づいてきた『八方斎』を必死に止めようとしてくれていたのを思い出し、さんはほてほてと気絶している二人の傍らに膝をつきました。
三郎はおや、と眉をひそめましたが、何も言わずにさんの背を守るように立っています。


「風鬼さん、ビスコイトほんとに美味しかった、ごちそう様でした。雨鬼さんも、牢屋に閉じ込められたわたしを不憫だと泣いてくだすって、嬉しかったです」

またいつかちゃんとお会いしましょうね、とニコリと微笑み、さんは立ち上がりました。
それを見た三郎は、何となくだけれどさんがドクタケ忍者達にも好かれたのだと判ったのか、

「まったく凄いよ、さんは人心掌握の天才なのかもね」

彼女に聞こえないように呟いたのでした。









さて、さんと三郎は順調に砦の門に向かって歩いていきました。
時折ドクタケ忍者や侍たちに「八方斎様どちらへ!」と咎められる事もありましたが、

「ぬはははは! この小娘を人質にしてくれるのよ!」

と三郎の豪快な演技で事なきを得ていました。
三郎が日々変装で悪戯していたりするのはよく見ていましたが、実戦でよもやこれほどまで有効に使われているとは…と、さんはため息しか出ません。


結局、ホンモノの八方斎とはち合わせすることもなく、砦の門を無事にくぐることが出来ました。
ここまで来れば、砦の中から万が一にも攻撃されることもありません。

(すごいなぁ、三郎くんったら忍者しててかっこいいなぁ)

人質役から解放されたさんは、ぽやぁんと八方斎の顔をした三郎に見とれます。その視線に気がついた三郎が、

さんが見とれてくれるのは嬉しいんだけど、今の私は八方斎なんだよなぁ」

と嬉しそうな悔しそうな笑いを滲ませるので、さんはちょっとだけむっとして、

「三郎くんはいつも変装してて、素顔なんて見せてくれないじゃないの」

そりゃ卒業まで顔を見せないって決めてるって知ってるけどさ! と唇を尖らせました。
その言葉に少し目を丸くした三郎は、「ふむぅ」と一頻り考えてペリリ、といくらか慎重な手つきで八方斎の顔を破り、








ちゅ、とさんの尖がった唇に自分のそれを重ねました。









驚いて見開いたさんの目に飛び込んできたのは、八方斎のものでも、雷蔵のものでもない、見知らぬ誰かの唇。




「……まぁ、今はとりあえずこれだけで許してくれないか?」




いつか必ず、さんと素顔で向き合うから。




普段変装していて表情の読めない彼からは想像できない、うっすらとはにかんだ三郎の口元を見て、
さんは顔を真っ赤にして無言で何度も頷くのでした。











その後……ドクタケ城では、稗田八方斎の猛烈な反対を押し切った形でさんファンクラブなるものが発足し、忍術学園では時折人気のないところでさんと口元だけ素顔を晒す三郎がくちづけを交わすようになったのですが、それはまだ誰も知る由はないのでした。







めでたしめでたし。







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三郎エンド 〜勝手に素顔〜 でした。
三郎くん好きなんですけどね。どうにも顔のイメージが雷蔵くんなので
扱いが難しいというか、でもそれはそれで逆に美味しいよな! とか何だか良くわからない大人の呟き。