桃源郷の仙桃農園では、今、一斉に花が咲いていて甘い香りに満たされている。 従業員の兎達がまったりとあちらこちらで草を食む中、管理を任されている桃太郎は花の受粉状態を確認しに回っていた。そんな桃太郎の背後から、草を踏みしめる音が近づいてきたので振り向いてみると。 「ああ! さんですか! こんにちはー」 「はい、こんにちは。ご無沙汰してます」 ぺこりと頭を下げるがいたので、桃太郎も同じようにペコリと頭を下げた。 ちなみにご無沙汰しているのは直接顔を合わせることであって、有能なのに何かがおかしい上司を持つ者同士意気投合した為、割としょっちゅうメールしあったり電話してたりするのだが、恐らく互いの上司が知ったら色々とやばいことになるの必至な状態なので本当の本当に二人だけの秘密である。 それでもって、この後一緒に食事に行くという二人の予定も知られたらあらゆる意味で危険な予定もある。お互いの首絞めあってる気がするけどやめられない同士との会合は、幸いなことに、お互い現状どこまでいっても同士であるという認識しかない。ランチでも食べなからお互いの職場環境や上司についてあれこれしゃべり倒す姿は微妙に女子会に近いものがあった。 それはさておき、本日は。 は休日、桃太郎も昼まで仕事をすれば午後は休み、ならお昼でもと話がまとまったのは昨日の夜だった(もちろんメールでのやりとりである)。だが、桃太郎はの目の下に濃い隈があるのに気づいた。珍しく濃い化粧をしてまで誤魔化しているつもりらしいが結構しっかり見えたので、こりゃ昨日まで修羅場だったのかもなぁと推理する。 そんな状態でランチとか大丈夫なのだろうかと心配に思ったが、素直にそれを口に出しても「平気ですよ」なんてカラカラ笑うのも予想がついたので、 「あー、すみません。来てもらって申し訳ないんだけど、俺もうちょっと仕事掛かりそうなんすよ」 「えっ、そうなんですか? よかったら手伝いましょうか?」 「あ、いえいえ! ほんとにもうちょっとなんで。そうそう、今奥の方の桃の木が満開になってて綺麗になってるんです、よかったらそっち見に行ってみてください」 腕まくりを始めたを止めつつ、農園の奥へ行くように促す。あの辺ならそんなに人の姿も兎の姿もない。少しゆっくりしてもらうには絶好の場所だ。 「ならお言葉に甘えて見てきますね」と嬉しそうな足取りで農園の奥へ消えてゆくの背中を見て、桃太郎は胸を撫で下ろす。もうちょっとで終わる、という言葉に嘘はない。嘘はないが……とくるり、背を向けていた一本の木を振り返り、こいつだけだからなと苦笑して、一房の枝に手を伸ばした。 「あれー様だー様ー!」 薄桃色の花が満開の巨木の下で白い毛玉がうごめいていると思ったら、桃太郎のお友だちその一シロがしっぽをぶんぶん振りながら走ってきた。相変わらず何にも考えてない幸せそうな顔で、見ているこちらも何となくほっこりする。よくよく考えるととてつもなく失礼な感想を頭のなかで吐いていることに気づいていないである。 勢い良く飛びついてくるシロをもふもふと撫でる。陽の光を吸収しているのか、ほこほこと暖かい匂いがした。きっちりと清潔にしているらしい白い毛には汚れが見当たらず、何だかとっても気持ちいい。元々動物好きなにとって、シロを始めとする不喜処地獄の動物獄卒たちは存在するだけでまさにアニマルセラピー状態なのだ。 結構しっかり重いシロをよいせと抱き上げて、もふもふの毛の中に顔を埋めてみたりしながら、巨木の根本までさくさく雑草を踏みしめて歩く。ああ癒やされる。 「様どうしたのさーなんか疲れてるねー?」 「あらー……わかります?」 「わかるよー普段しない粉っぽい匂いプンプンだしさー。鬼灯様言ってたよ! お化粧してるときの様は疲れてるって」 「あらー…………バレてーら………」 くすぐったいのか身を捩りながらあっけらかんと言うシロの言葉に、ついつい顔がひきつった。が、バレてる相手が相手なだけに仕方ないっちゃ仕方ないと思い直した。思い直したというか諦めた。 木の真下について、淡く草が生える地面にぺったりと座り込む。抱っこしていたシロを下ろすと、シロは膝の上にのそっと乗ってきた。たしたしっと前足をの上半身に乗せて、シロがべろりとの頬を舐める。 「わー粉っぺー」 と嫌そうな声を出すシロに、は思わず「粉っぽい匂いがするって自分で言ってたのに舐めたりするから」と声を出して笑った。それから、そーっと手を伸ばして、両耳の後ろ付近を指先で揉み込むように撫でてやる。 「うほーそれ気持ちいいー! 様テクニシャンーもっともっとーもってやってー」 「はいはい」 ねだられるままにシロを撫で続けているうちにすっかり気が緩んだのか、目蓋が重くなってくる。撫でる手がつい止まってしまうので、シロも気づいたらしい。「様眠いんなら少し寝たらいいよー」と膝から降りると、気持ち離れた地面に寝転んだ。へっへっ、と舌を出しながらこちらを見上げてくる。 「様にだったら俺、枕なるよー」 「枕って……結構重いと思うけど……」 「へーきへーき、ほらほら寝ようよ様ぁー俺も寝るし! ね!」 いいのだろうか。本人(本犬?)がいいと言っているのだからいいんだろうけどと戸惑ったものの、を襲う睡魔はあまりにも強く、無邪気なシロのお誘いはとてつもなく魅力的だった。 桃太郎さんの仕事が終わるまでは寝かせてもらおうかなと、ゆっくり横になる。淡い草とシロのふわふわの体毛がの頬をくすぐった。目をつぶると、あっという間に意識が遠のいていく。多分、三つも数え切らないうちに彼女は眠りに落ちていた。 果たして、目覚めたときのは如何様に。 膝枕されてて悲鳴を上げた 添い寝されてて慄いた 平和に目が覚めてご挨拶 |