眠るに、黒い影がさす。の枕になっていたシロが、「あれ」と首を傾げた。 「こんにちは鬼灯様ー」 「こんにちはシロさん。……あまり大きな声は立てないようお願いします」 見上げてくる黒い目に小さく会釈をして、鬼灯はの前に膝をついた。すっかり眠っているようで、「さん」と呼んでみても目を覚ます気配はない。 *** *** *** 「お邪魔します」 「どあああああああああああああ!?」 作業中の桃太郎を呼びかけたら、物凄い悲鳴が返ってきた。「ほっ、ほっ、ほっ、ほっ、ほおっ」と青ざめた顔でこちらを指さしてくるので、気になって首を傾げる。 「何を笑ってるんですか貴方は」 「笑ってません、笑ってませんよ!! それよりどうしてここへ」 「さんがこちらに来ているでしょう、だからです」 「そ、それだけ……? って何でさんが来てるってそんなことがわかるんですか」 「…………最近のGPSって本当高性能ですよねぇ」 「GPSって現世だけじゃなくてあの世も対応してんの!? 何そのハイスペック!!」 簡単に説明だけした鬼灯は、驚いているんだか興奮してるんだかわからないツッコミに勤しむ桃太郎の横をするりと抜けた。この先にはいる筈だ。そんな鬼灯を呼び止めて、 「その、一応、ですけど。ホントはさんと昼飯一緒に行く予定でした。でも…………」 「……でも?」 「……さん、かなり疲れてるって感じしたんで、俺のこと気にしないでって伝えて下さい。……寝かせててあげて下さい」 *** *** *** まるで家族を労るような口ぶりで桃太郎が言っていたことを思い出す。 が疲れているのは先刻承知であったが、外であるにもかかわらず、こうやって深い眠りに付いているを見ると、彼女の疲労は予想以上のものだったらしい。 昏々と眠り続けるの頭を注意深く持ち上げてシロを解放すると、離れたシロの代わりに自身の膝を枕代わりにさせる。んん、と小さく唸るの手が鬼灯の着流しをぎゅぅと掴んだ。 枕が変わった事に寝ながらも気づいたらしい。男の硬い太腿に頭をぐりぐり押し当てて、眠るは何かの調整をはかる。ぐりぐり、ぐに、動くたびに寝乱れた髪が散らばって、寝顔を覆い隠していった。 しばらくすると、本人の中でようやく満足がいったのか頬をすり寄せてそのまま動かなくなった。 鬼灯は黙ったまま、ゆっくり手を伸ばす。 帳と化した彼女の髪を殊の外優しい手つきで避けて、寝顔をまじまじと見下ろした。口をぽかんと小さく開けた彼女の寝顔はとても幸せそうだった。 着流しの布地を握る手にはしっかり力がこもり、どこか縋られている感じが、どうしようもなく、可愛くて、愛おしくて。 鬼灯はつい目を細める。 普段も眠っている時のように素直になってくれればいいのにと思う反面、中々自分の気持ちを認めようとせずこちらを振り向かないその様も可愛らしいと思ってしまうのだから何ともいえない。まぁ、そんなふうに思えるのは限定だと自覚している。元来そんなに気が長くない性質なのは自他ともに認める事実だ。 夢に落ちた女の髪を、絶えず指で甘く梳る。太腿に感じるのぬくもりと、見事な桃の花を咲かせた巨木の下。―――これはこれでいいものだと、鬼灯の口元はゆっくりと弧を描いた。 それを目撃したシロが全身の毛を逆立てて走り去ったが、そのあたりは別にどうでもいい。まぁ、余計なことは言わないように釘を刺す必要はあるだろうが。 「……桃太郎さんと交友関係を持つことに、とやかく言ったりしませんよ。貴女の人間不信が治りつつあるってことですから」 確かに独占欲は強いが、そこまで狭量であるつもりは毛頭ない。それよりも、隠し事される方がよっぽど腹立たしいということをはわかっていないのだろう。―――呵責は、必要かもしれない。 とりあえず、このまま彼女が起きるまでこうしていよう。起きて状況を把握したときの顔を見ることで、まずは呵責の一つにしてやりましょうかと、の髪を撫でながら鬼灯は思った。思って、本当に自分はに甘いのだと痛感したのだ。 (こんな生ぬるい呵責でも満足してしまうのだから、相当だ) |