バチン、バチン。 弾ける音がする。 静止しようと伸ばした俺の手は届かなかった。 エステルの治癒術が発動した瞬間、の体が大きく跳ねて、そのまま少し湿った土にくずおれた。 バチッ、バチ、バチン。 さっきから耳につくこの音は何だ。 「ぇ、え、何、なんで、、っ!!」 青ざめたエステルが悲鳴をあげた。次いで治癒術を発動させようと詠唱を始める。 ピクリとも動かないのすぐ傍に膝をついたエステルの周囲に淡い魔法円陣が浮かび上がったところで、俺は慌ててエステルの肩を掴んだ。集中が途切れたのだろう、円陣がすぅと消えてゆき、涙目になったエステルにキッと睨まれる。 「何でですか、何をするんですかユーリ! を助けなくては……!!」 「こいつは……エアルに弱いんだよ、実は治癒術の通りも悪い」 え、と見開かれる瞳にひとつ頷く。 倒れているに手を伸ばした途端、―――さっきからバチバチ音を立てての体の周辺を飛び回っている雷の種みたいなものが弾けて指先を焼いて消えた。痛みに一瞬眉が寄る、だが構わず首元に触れて―――脈も呼吸も、僅かに乱れちゃいるが、無事であることを確認した。 「ちょっと辛そうだが、……息も脈もある。そこまで顔色も悪かねぇし、少しゆっくり休ませれば多分目覚ますと思うぜ」 力ない幼馴染の体を抱き上げようと立ち上がると、思いつめた表情のエステルが未だに意識ないの背に触れた。さっきまで喧しかった雷の種は既に全て消えていたのか、貴族のお嬢さんはただひたすらに悲しそうな辛そうな顔で、の背中に手を乗せて 「……なんで、は、……エアルに弱いとわかっていて私の治癒術を止めなかったんでしょう……」 申し訳なさそうに俯いた。俺は思わず息をつく。……そうか、深窓の令嬢ってのはあんまり同年代のお友達とかいないってのが定番だよな、多分の意図には早々気付けないだろうな。先に説明しとけばまた変わったんだろうか、そんなもんわざわざ説明するもんじゃあないが。 「そりゃ、エステルの気持ちが嬉しかったからなんじゃねーかな」 「気持ち……?」 「そ。自分の怪我を心配して親身になってくれた。それが嬉しくって、ちょっとくらいエアルに酔っても耐えよう、とか。多分そんなこと思ってたんじゃねーの? それで倒れちまって更に心配かけてちゃ世話ねーけど」 ただにとって予想外だったのは、治癒術の規模か……もしくはエステルが治癒術を使ったことか……言葉を飲み込みつつ、エステルの手首にはまる魔導器を気付かれないようにちらりと見る。 感極まってぐすり、と鼻を鳴らしてを優しく見つめるエステルに、先を促して、を背中に背負い込む。なるべく魔物がいないルートを見極めるように先導していくラピードの後ろを歩きながら、俺は静かに考えた。 今までがエアルに酔って倒れたとき。ただ顔色悪くぐったりと座り込んだり少し昏倒したりはしてたけど、こんな風に一瞬で倒れるような、強いショック状態にはなっていなかった。何より、 (何だったんだ、さっきの雷みたいな奴……) を支えながら、焼かれた指先を他の指でそっと触る。火傷独特の、ヒリヒリした痛みが尾を引いた。 ・という幼馴染を俺が評価すると、一言で言うなら「何を考えてるかわからない」奴、になる。 と言っても、基本的には素直で、人に対してそれなりに気遣いも出来る、ハンクスじいさんに言わせてみりゃ「よく出来た娘」って奴なのだそうだ。確かに、普段は何を考えているのか結構お見通しの正直な奴でもある。 だが、そんな周りから素直と評価されるはその実、本当に大切なことを口にしようとしない。 たとえば今回の一人旅に出るつもりだったって奴もその中の一つだ。 本人が曲げる気も取り下げる気もないことに関しては、よっぽどの事がない限り全力で口を閉ざす。 周りがの固い決意を知るのは、大体にしてが自分の意地を貫いている最中か、貫ききった後だ。 さすがにじいさんには世話になっている手前随分相談していたようだが、俺やフレンには一切弔いの旅の事なんざ喋りもしなかった。しかも何年も前から考えてたとか、どっかで思わずぽろっと吐きそうなものだがよくぞまぁしまいきったもんだな。 まぁ、過保護に定評があるフレンに知られたが最後、全力で説教され、危険だから旅に出てはいけないと説得され、それでもダメなら監禁でもしそうな勢いなのは何となく想像出来ない事もないんで、頑張らなきゃいけなかったのかもしれない。 ……俺には散々いつまで下町でくすぶっているんだだの世界を見るといいだの小うるさいのに、には全く正反対の事を言いそうってのが……まぁ、奴の男心って奴なんだろう。 すなわち、にベタ惚れ。 フレンはひた隠そうとしているが、下町の親しい連中は大体知ってる。 城暮らしの中で結構貴族の娘さん達にコナかけられているらしいが、本人は片っ端からスルーしてるってんだから(ちなみに同期だった奴からの情報だ)、その気持ちは本物なんだろう。 対してだが、そんなフレンの努力も空しく全くもって暖簾に腕押しって状態だ。 が鈍い……っていうのもないわけじゃないが、大体の性格が関係してくる。 なんと言うか、何につけても自分を過小評価しすぎているきらいがあるというか、奥ゆかしいといえば聞こえはいいがぶっちゃければちょっと卑屈なところがあって、要は褒められてもアプローチかけられても自分のことだと到底思えない、ようだった。精々お世辞、慰めにしか聞こえない。 で、そう思いつつも売り子業で培った笑顔で受けるから結構始末が悪い。 そんな状態で、(本人的には)大絶賛ひた隠し中のフレンの気持ちに気付くわけもなく。 俺としては、幼馴染二人の珍道中的な恋路を面白がりつつ応援している、というわけだ。時々、変にちくりと何かが痛むことはあるんだが、恐らく面白がっていることに対する罪悪感、という奴だと思う。 と、話がそれた。まあ誰に聞かせているわけでもないのだが。 昏々と眠り続けるとエステル(野営に丁度いいスペースを見つけたと思ったら変な機械が発した光に当てられてエステルまで気絶してしまった)をその体を枕にして守るラピードの口先に、そこらで獲った小動物の肉を食わせながら、俺は本日何度目かの溜息をつく。 ―――下町の様子を見に行きたかっただけだった。落ち着いたかどうかそれだけ確認して、また牢屋に戻って、釈放まで大人しく待とうと思っていた。 それが転がって転がって転がりまくって帝都出奔、しかもどう見ても箱入り娘のエステルとまさかの旅立ちを迎えようとしていたがセットってんだからつくづく何が起こるかわからないもんである。……タイミングが悪ければ、は一人で旅立っていったかもしれないが。 護身術も覚束ない、魔導器も使えない、護衛の一人もいない、頼れるものがホーリィボトルだけだと聞いた時は、努めて表情に出さないようにしてはいたが自殺しに行く気としか思えなくて肝が冷えた。足止めに体を張ったラピードによくやったと心底感謝だ。 それにしても、だ。 未だに眠るの額をつんつんと突く。「うぅぅん、」と小さく呻って俺の手を払おうと振り上げる手は力ないが、そうやって反応を示すということはほぼショック症状から立ち直ったってことだろう。呼吸も脈もしっかり落ち着いている。 とは言え、今日は(俺やエステルにとってもにとっても)一気にいろんなことがあった。もしかしたら今夜一晩くらいはこのまま起きないかもしれない。 ……もしも。 もしも、自身が想像していた通りに、エステルの治癒術をうけた時に倒れることがなかったら。 こいつは、体調が悪くなったのを隠して、笑ってたんだろうか。 倒れそうになるのをこらえて、エステルの顔を曇らせたくないと、その一心で我慢していたのだろうか。無理だろ。絶対にどこかでふらついて、下手すりゃさっきみたいに意識失って、エステルを傷つけていた。 よしんば何とか耐え切って復調したところで、エアルに弱いことを切りだし難くなって、いつか今日のようなことを起こすだけだ。 もしかしたら、それすらも、隠すつもりだったのかもしれない。辛いのをひっそりと耐えたまま、―――俺の前ですら、きっと我慢して、何でもないように笑って。 そんな起こり得なかった”もしも”を考えて、何か胸の奥にもやっとしたものが芽生えかけ―――目覚めて身じろぐに気付く。 拳骨一発くらいは、まぁいいだろ。 心配かけさせたお仕置きだ、とほくそ笑むと、もやもやした何かは綺麗に消えていた。 Back ← / → |