※話の内容が内容なのでちょっとでも無理と思ったらブラウザバックしてください
























ちょっと前から妙に熱っぽいのが続くと思っていた。
時々下腹部が張るのも気づいていた。
そうなんだろうなとうすうす感づいていたけれど、それを確かめるには、個人的に少々タイミングが必要で。
だから、彼が仕事で帝都を離れた今のうちに診てもらうことにして。
で、案の定。


「はい、おめでとうございます。9週目に入ったところですね」


と、医者に言われてはあいまいに微笑むに留めたのだった。

























(まぁ、当然の結果か)


まだ目立つはずのない自分の腹部を撫でため息をひとつ、それで気を取り直してからは自宅でいそいそと荷造りに励んでいた。
年頃の男と女、それも心を通い合わせている間柄となれば、時がたたずともそういうことに及ぶのはきっと必然である。
そういうこと、と頭の中で反芻して突然蘇る「そういうこと」の最中の図がぽぽぽん、と浮かんできて思わずぶんぶん頭を振り被る。
恋人になってからそれなりの月日が経ったし、「そういうこと」も回数はそれなりに及んでいるというのに、未だには生娘のようなうぶな反応を示してしまい、そのたびに微妙な自己嫌悪に陥った。いや、悪いことでもないし、反対に慣れきってしまうのもどうかと思わないでもないのだが。
―――とにかく、本当ならば父親になる人間に妊娠したことを話すことが、がこの後本来するべきことである。
だがはその報告を躊躇っていた。


(フレンだったら、照れながら、でもそれ以上に大喜びで凄い凄いってその時だけ子供みたく叫びそう。それで落ち着いたら安定期に入るまで綿にくるむ勢いで大事にしそうだよね。それときっとすぐにプロポーズしたりして数日後には結婚式挙げちゃいそうな勢いもあるかも)


過保護っぷりを身をもって知っているので、そんなことまで想像できる。
はくすくす笑いながら数枚のシャツをかばんに仕舞い込む。今度は護身用の短剣二振りを念のため腰に挿し、魔導器が飾られていたヘアピンを耳元に飾った。それからかばんの中を確認して、これが足りないアレが足りないと慌しくチェストをひっくり返す。


フレンが父親になるのだったならば、きっと普通に妊娠の事実を告げられるのだろう。だがフレンではなかった。




―――の恋人は―――お腹の子の父親になるのは、ユーリだった。





ユーリが、子供が出来たのを喜ばないと言う訳ではない。
何だかんだで面倒見のいいユーリが子供嫌いだとは思わないし、ありえないと思っている。
妊娠したと告げれば、驚いてびっくりして、きっと一言「マジで」とか聞いてくるだろう。肯定したらきっとどこか照れたような顔でちょっとだけそっぽをむいて、それでも笑顔になってくれると思う。


だが。
それでも報告するのを躊躇うのは。





(折角―――、折角ユーリが自分のやりたいことをやれているのに子供が出来たからって縛るのはどうなんだろう……)





騎士を目指し、騎士になって世の中を変えていくと意気込んで―――腐敗しきっていた現実に失望していた。はそれを見ていたのだ。
けれど下町で燻り続けていた彼はもういない。
帝国の枠組みを飛び出し、ギルドという生き方を手に入れて、ユーリは自分の中の世界を変えた。
今も、本当の意味で世界を変えているその真っ只中にいるのだ。
ようやく、だ。
ようやくユーリは真実自分の夢を叶えている最中なのだ。
その邪魔をしたくない、というのがの思いで、だからこそ報告しづらくて。
とはいえ、流石に一人で産もう、などと言う考えは持つ気になれなかった。そのままずっと黙ったままでいるわけにもいかないのが現実だ。たとえ邪魔を意図していなくてもいずれは妊娠の事実を告げる必要がある。
だから、はユーリが仕事でいないうちに帝都を離れる事にした。と言ってもちゃんと行き先を残すし、どれだけ長くても一週間もしたら戻ってくるつもりで。




この一週間でユーリの夢の邪魔をする、その為の覚悟を決める。




見知った人のところにいればユーリも安心してくれるだろうし、とは考えをめぐらせた。
復興したアスピオならリタがいるだろう。エステルは先日会ったときに今度ハルルに帰ると言っていたからエステルのところでもいいのかもしれない。ちょっと急な話だから二人には申し訳ないけど、と今度こそかばんの中身をチェックし終えて、は時計を確認する。
今からなら日暮れ前にはハルルに、夜になる頃にはアスピオに着くだろう。徒歩では厳しいので、こっそりリゾマータの術式を使って移動速度を上げれば、だが。
マイオキア平原に出て人目がなくなってから使えば間に合うかな、と随分ずっしりと重くなったかばんを手にしてドアノブに手をかけた。


その直後、力を入れてないのにドアノブが捻られるのを見て。
え、と思う間もなく、ドアが開いていくのを見て。




「お、いたか




仕事に出た筈のユーリが何故か目の前に立っていた。



「ゆ、ユーリ仕事は……」
「あぁ、それがさ。長期になるかもって思ってたら標的だった魔物があっさり出てきてあっという間に終わっちゃったんだよ」


にこりと笑っていたユーリが、旅装束のに気づいた。どこか遠出するところだったのか、と尋ねられて絶句したは大混乱中だった。


(想定外想定外想定外想定外!! どどどどどどどどうしよ、どうしたら!!)


その場で覚悟を決める、という選択肢は端からなかった……ので、思考はすっかり混乱の境地を極めてしまい、


「か、」
「か?」





ゴッ




渾身の力でかばんを振り上げ、いつまでも黙ったままのの顔を覗き込んだユーリの顎にジャストミートすることになった。 まさか攻撃されると思っていなかっただろう、打ち上げられた顎が真っ赤になっている。はその場で高速化の術式を展開し、よろめきしゃがみ込んだユーリのすぐ横を必死にすり抜け、


「ユーリゴメンねええぇぇえぇえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」


尾を引くような謝罪の声を残して町の外に向かって全力疾走した。


「つう……って、、おい!?」


既に遠い背中を呆然と眺めていたユーリだったが、次の瞬間


「何だかよくわからんが、俺から逃げようったってそうは問屋がおろさねぇ、ぞっ」


黒髪を揺らしながら鋭い目つきで、逃げる掌中の珠を追いかける。








かくしてマイオキア平原に爆走するふたつの人影によるデッドヒートが始まろうとしていた。

 

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