本日、彼氏に振られました。






「俺、さんが好きです。付き合って欲しいんだ!」


と、派手に、実に派手に。
告られて、舞い上がって付き合いだして、友達からはなんか心配されるほど浮かれていたらしい。
だって人生初だったんだよ、好きなんて言われたの。
びっくりするじゃん、私なんかを好きになってくれる人がいたなんて。
そりゃあ思わず好きになっちゃうよね、なんていうか要するに好きと言われて好きになったわけだけど。
そう、好きになった、不純だけど、そういう理由で好きになる事だってないわけじゃない。
好意を持ってくれた人に自分だって好意持つじゃないか、私が度が過ぎた気持ちを持っちゃっただけで。


そんな風に始まって、そこそこにイベントこなして、で、4ヶ月経った今日


「ごめん、もう付き合えない」


何でって聞くまでもなく、他に好きな人が出来たんだと説明されまして今に至る、と。



家の近くの公園はもう遅い時間の所為か人っ子一人いなくって、私はなんとなく滑り台の上に上って体育座りでぼんやりしてた。
あ、しまった虫除け持ってない。群がる蚊どもをべちぺちと追い払いながらとっとと移動すりゃいいと思いつつ、それでもこの場を離れるのがなんだか難しかった。
しかし何だな、振られたんだな私。
振られた、という事実はショックなんだけど、そのショックの種類は「おおこれが振られるということなのかー」という新鮮なイベントを堪能している自分自身に対するもので、彼に振られたってこと自体は結構どうでもいい感じなのが我ながら微妙だ。


「……何やってんのさん」


でっかいスポーツバッグを肩からかけた、お隣の郭さんちの英士くんがいつの間にか滑り台の下に来ていた。
サッカーの東京選抜でどーこーと、うちのおかんがデレデレしてたのを思い出し、「サッカーの帰り?」と尋ねると、「そんなとこ」と短い返事が返ってくる。
夏場でもこの時間になれば真っ暗だ。こんな時間になるまで頑張ってるんだなぁ。
六つ年下とは思えない、呆れを含んだ冷静な視線が相変わらず容赦ない。
少年と青年の狭間を行ったり来たりしてるような華奢さと裏腹に英士くんは結構シビアでニヒルでそれでも紳士なところもあったのに、ここ数ヶ月は会えば嫌味ばかり言われることが多かった。
折角のクールビューティが台無しだ、もうちょっと優しくしろ、と訴えたら「さんがもうちょっと俺の言う事わかればいいだけの話でしょ」とほぼスルーされた。確実に嫌われているのがわかってお姉さんは寂しいよ、昔はちゃんちゃんって後ついてきてくれたのにな。


「で、さんは何してるの」
「ちょっと彼氏に振られたので反省会を」


聞かれたので答える。すると、いつも動じない英士くんが軽く目を見開いた。どういうこと、といつもより低い声が届いて、私はうーん、と首を捻る。


「いやさ、一応彼氏だった人に振られたんだけどさ、なんてーのかな…ショック受けてないわけじゃないけどショックじゃないってーか、そんな感じなのよねー」
「……何それ」


だよね、そーいう反応だよねー。私だって何となくは掴めてるけどきっちりわかってるわけじゃないし。
だけど英士くんはどうにも腑に落ちないのが気持ち悪いのか、


「何がどうしてそう思うに至ったのかちゃんといちから説明して欲しいんだけど」


と眉間に皺を寄せて私を睨んでいる。きっちり真相究明するつもりらしい。
美人に睨まれると迫力があって怖いって本当だったのねとガクブルしながら、聞かれるままに事の顛末を話した。
しかし視線が痛い。
私が事情をぺらぺら話している間も、私の表情を見逃すまいと突き刺さる視線。
あまりにも真っ直ぐな視線にお姉さんはドキドキしてきましたよ、ええ。
粗方自供し終わってヘビに睨まれた蛙の気持ちがちょっとわかった、蛙嫌いだけど……と両生類に謎の親近感を抱いていると、滑り台下の英士くんが意味ありげに眼を細めて笑った。


「多分、さんは、そいつのことほんとに好きだったわけじゃないんだよ」
「え」
「だって、告白されて好きになったんでしょ? 好意を持ってくれた人に対して好意を持つのってね、変報性っていう心理学のひとつらしいよ」


そういうもの、なの? つか詳しいな。


「で、そいつもそんなさんに気付いたから他に好きな女作ったってだけなんじゃない?」
「うーん……そうなの、かなぁ…あー…そうかもしんない…」


言われて思い返すと、確かに私自身そんな兆候があったような気がしてきて、よく考えたら誕生日とか言ってないし挙句知らないわ……。相手の趣味すら知らないし、好きな食べ物すらも聞いてない。
デートでだって、どこでもいいよ、とか相手に全部任せていた気がする。
改めて考えてみると……うわぁ私他にも彼氏相手とは思えない超失礼なことしてた。
ごめん元彼。これじゃ私男心をもてあそぶ酷い女だと思われてもおかしくないね、今度こそ幸せになるんだよ……!!
多大なやっちまった感に心の中で謝罪を繰り広げる傍で、


「まぁ、そんなの実はどうでもいいんだけど」


と、英士くんがにこりと……ってうわぁ美人が微笑んだ! が、何だろう、何か薄ら寒いものを感じて、つい小さく後ずさった。その直後。
どさ、と重たいものが落ちる音。ついで、カツン、と重量感があやふやな音。ちょっとだけたわんだ滑る部分の金属が揺れる。
滑降部をさかのぼって…というより、ひょいっと飛び乗ってきた英士くんの不敵な笑顔がものの数センチ先に迫ってきた。
って、うわ近い近い、英士くんの端正なお顔が物凄い目の前に!! うっわ何だこの美人! 肌綺麗!
超展開とお肌の美しさに混乱している私にお構い無しのつるつるスキン英士くんがゆるりと私の顎を撫でた。やめてー! そこ今日お手入れし忘れてるから! よりによって何故そこかな!!!


「俺もね、ちょっと変報性のお世話になろうかと思って」
「はい?」
さんの元彼、見る目はあったけど堪え性なかったんだね。……ほんとありがたい話だよ」


迫り来る英士くんの顔を避けるように体を仰け反らせるけど、すっと伸びてきた右手がそれ以上を阻んで、ぅぁ、何かドキドキどころじゃないバクバクいうんだけど心臓が!!
待って待って英士くん中二だってばちょっと何でこんなに顔熱くなるの私……彼相手にだってこんなどぎまぎしたことなんてなかったのに!!




「……さんが好きだよ」




きっぱりと、だけどしっとりとした声音で告げられた言葉に絶句した。


「うえぁあなん、え、嫌われたと思ってたのに、どゆこと……」
「……長年片思いしてる相手に、彼氏出来たらしいよーなんて報告されてみなよ? 思わず辛く当たったって当然でしょ」
「えええええええええ」
「それはともかく、さんさ。……変報性だろうがなんだろうが、利用できるもの全部利用してでも俺に惚れさせてあげるから、覚悟しといて」




これはその誓いのしるし。
嘯かれて唖然としている間にほっぺたへと触れた英士くんの唇の熱に頭が一瞬で真っ白けになった。




 








「今日はそこだけど、そのうちきっちり唇も奪うんで」



……私の手を引いて滑り台から降りた彼にそんな宣言をされた頃には、変報性のお世話になりかけてたなんて、恥ずかしくて言えない。