いつものように、ミルクと砂糖たっぷり。
かき混ぜた後のマドラーに口付けると、自分が好む味より甘ったるかった。


―――この味は、貴方が傍にいる証。














「おかえりなさいユーリ、アイスコーヒー飲む?」
「お、おう。ただいま、


夜も遅い十時過ぎ。長期間の仕事を終えて戻ってきた自宅のドアを開けると、何故かが俺の家にいた。俺の返事を聞いてすぐさまヤカンをコンロにかける。
会えても翌日だろうと思っていた俺は、予想外の再会に戸惑った。それを敏感に感じたらしいは、悪戯っぽい笑顔を浮かべてキッチンから戻ってきた。沸かしたお湯でコーヒーと砂糖を溶かし、瓶に入ったミルクを注ぐ。それで特製のアイスコーヒーは出来上がりだ。


「カロルから聞いたの、もう何日かしたら戻ってくると思うよって。だからヤマ張ってたんだ」


はいどうぞ、と差し出されたグラスを受け取って


「サンキュ」


礼を一言、アイスコーヒーを口にする。
何気なく目をやった窓の外の下町の夜景とひさしぶりの味にようやく帰ってきた事を実感して、俺はうっすらと口角をあげた。


「俺がいない間、どーだった?」
「いつもどおりだったよ」
「お前のいつもどおりは結構波乱万丈なんだけどな」
「ユーリのいつもどおりも波乱万丈だもの、お互い様です」
「そりゃまぁ、そうか」


香ばしい香りをたなびかせたグラスを手に俺のすぐ隣に座り、こぼさないよう気をやりながら、ほんの少しだけ体を預けてくる。
それから一口飲んで、「美味し」とぽつり。が飲むコーヒーは、俺のものより甘さ控えめ。以前試しに一口戴いたら俺には少々苦味が強すぎたんだったか、とぼんやり思い出した。
ゴクリ、と喉を鳴らして自分のコーヒーを味わう。「本当、いつもどおりだったよ」と重ねるような口ぶりに、大方予想のついている《いつもどおり》を想像した。


きっと。


普段どおりに売り子の仕事をして、たまに城に呼ばれてエステルやフレンと過ごし、カロルやジュディにギルドの伝票関係を頼まれつつ、フィエルティア号で一緒にリタのところに行って、その体に刻まれている魔道士達が夢見た公式の解析に協力……という名のお泊り会、自宅に戻ったらレイヴンが夕飯をご馳走になりに来たりして、きっと慌しくて充実した毎日を過ごしていたに違いない。
手にしたコーヒーの残りを飲み干してから俺は肩をすくめ、


「相変わらず賑やかなこった」
「でもユーリも大差ないでしょう、リタのところで聞いたよ、私が行った何日か前にユーリが来てたって」


タイミング悪いなぁ、と口を尖らせるにそりゃ悪かったなと喉の奥で笑う。
それから、不意に会話が途切れた。
幼なじみとして長年一緒に過ごしていたからか、それとも長いようで短かったあの旅を経てようやく恋人同士という関係に落ち着いたからか。理由は定かじゃないが、その沈黙は心地よい空気に満たされていて。
その心地よさがの口を動かしたのか、


「ねえユーリ」
「ん?」








「寂しかったよ」








コップをテーブルに置きながら告げられたその珍しい一言に、俺は目を瞠った。普段自分の心情を吐露することがほとんどないから吐き出されたその声に、甘える色があったから。


「久しぶりに長い間離れていた所為かな、何をしてても地に足がつかない感じしかしなくって、……気づいたらユーリを探してた」
「…………そか」


照れくささと愛おしさが混じる息をついて、の頭を抱き寄せる。
くたりと力を抜く最愛の幼なじみを見遣ると、は俺の体温に酷く安心したように瞼を伏せていた。
長い睫毛の向こうに少し潤んで赤らんだ目が見えて、そこに感じた仄かな色香に、柄にもなくドキリとする。
は僅かな隙間をも埋めたいのか、さらに密着しようと身じろぎ。その所為で体に触れたふくらみの柔らかさと体温の高さに、ぐらついた理性と本能に正直な体がせめぎ合う俺の気も知らず、はただ一言



「幸せ」



そう、うっとりと呟いた。



ああ、こいつはどうして……こうも無意識に俺を煽るかな。もしかして態とか。



そんなことを思いながら、俺は首を傾げての唇を奪った。
最初は軽く口付けただけだったのに、の手が縋るように体に触れたその感触に欲が軽く揺さぶられて、次第に深く貪りだす。


「……甘、……はぁ、」
「ん……苦、……」


キスの合間にこぼした正反対の感想に、揃って目を開けて、小さく笑いあって。俺はもう一度触れるだけのキスを落として、を抱きすくめたままベッドに倒れこんだ。











(起きたら次はホットな)
(……起きられる自信そのものがないかな)
(……なら俺が淹れてやるよ、特製のを、な。)