ステンドグラス越しの太陽光がキラキラ降り注ぐ光景はとても幻想的で、こんなのきっと一生のうちに一度でも見れたら奇跡だと思っていた。その奇跡を目の前に、私は思うのだ。







だからどうしてこうなったんだってばよ。







胸元にレースで作られた大きな純白のバラが咲き誇り、最高級レースが作るドレープが美しいウェディングドレスを着せられ、ブーケを手にした私は、目の前に立つ騎士の正装に身を包んだ二人の幼なじみを信じられない思いで見つめた。


片や、帝国騎士団のトップに立つ若き騎士団長。白と空色のシンボルカラーの、魔導器の代わりに埋められた黄色みの強い琥珀がキラキラと輝く鎧を身にまとい凛と佇み微笑む姿は、平時なら見とれるほどに格好良いだろうに。
片や、世界を救い今もなお世界の変革を支えるギルドの一員。普段の黒尽くめではなく、いつだったかヨーデル様から下賜された自由聖騎士の正装で、長い髪を一つに結い上げている。普段ならば見慣れない姿にきっと胸が高鳴っただろうに。
そんな二人が揃って私を振り返り、


「綺麗だよ、
「すげぇ眩しく見える」


と感慨深げに目を細めて頬を赤らめるものだから、私は焦った。


「ちょ、ちょっと待ってよふたりとも、何でそんなに平然としてるの!?」
「平然となんてしてねーよ、正直、馬鹿みたいに緊張しっぱなしだぜ」
「君との結婚式ってだけで、もう既に心臓が壊れそうな勢いだね」


そういうことじゃない。


「お、おかしいと思わない? 何で結婚式なの? いやまぁそれはいい……いやよくない、あああもう一旦置いとくとしても! なんでユーリとフレンと三・人・で! 結婚式挙げることになってるの!?」


私の剣幕に珍しく押された二人が顔を見合わせる。「何言ってんのこの子は」的なニュアンスが大量に含まれた表情にこっちの方こそ「何のつもりだ二人揃って」である。思わず手のブーケを大理石の床に叩きつけるところだったが、美しく咲き誇った花たちに罪はないのでギリギリ思いとどめた。どういうことなの、この二人こんなに話が通じない人たちだったっけ!? 普通疑問に思うもんじゃないの!? もしやあれか、私が変なのかこれ!
どうにもならない苛立ちで気が立ってきたその時。


「その理由は私がお話します!!」


三人だけの場に、突然ズドムという謎の爆撃音ともうもうと立ちこめる白い煙を巻き上げながら現れたのは、副帝陛下エステリーゼことエステルと、現皇帝陛下ヨーデル様だった。
って、ちょっと待ってここお城の中だと思うんだけどいくらその城の主だからって破砕音響くようなことしていいのだろうか。相手が相手なだけにツッコミを入れていいのか悩む私をよそに、ニコニコ(いや案外ニヤニヤかもしれない)微笑むヨーデル様が、何やら気合の入りまくったエステルに視線を向ける。その視線を受けたエステルが、ぱたぱたと私の前に駆け寄ってきてブーケごと私の手を握り締める。


、昨日私とお話したこと覚えていますか?」
「え」


問われた言葉に、顔が熱くなった。何を突然、そんな。声がつまり、意味の無い単語を切れ切れにこぼすだけになった私を見て、エステルは柔らかく微笑む。


「昨日は言ってましたよね。フレンもユーリも、自分にとってはそれぞれが大切な人過ぎて、ふたりのどちらかを選べと言われても選べない。それぞれにドキドキするし、愛おしく思うし、きっと自分は二人の事を同じくらいに愛してしまっている。そんな自分は異端なんじゃないか、って」
「あ、ちょ、えす、えすっ、や、」


本人達を前に繰り広げられる暴露話に私は慌てた。顔の熱は最高潮に達し、今なら間違いなくお湯が沸く。言わないで言わないで言わないでぇええ! 握られた手を外そうともがくけれど、悲しいかな剣術を嗜むエステルの握力は愛らしい見た目に反して強力だった。口を塞ぐことなぞ出来そうにない、半分泣きそうになって、俯いているしかなかった。
もうユーリとフレンの顔を見れない。二人を同じだけ好きになったなんて、こんな不誠実な私に愛想を尽かしたっておかしくないだろう。罵られるのも覚悟して、私は涙の滲む目をぎゅっ、と力を入れて閉じた。


「……その話を今朝二人に打ち明けました」
「……………………は?」
「そうしたら、ですね。ふたりともの意志を汲んでくれたんです。同じくらいに愛されているのなら選ばせる必要なんか無い、―――三人で暮らしていけばいいんだ、と」
「どうしてそんな結論出しちゃったの!?」


幼なじみ達を睨みつけると、何故か二人揃ってまた顔を赤らめ照れ笑いを浮かべた。いや今その反応は要らない、というか今そんな赤くなるような空気じゃないよね!?


「私もその考えに賛成だったので、もういっそ挙式しちゃえばいいんじゃないかと思って用意したんですよ!」
「何やっちゃってんのエステルぅぅううう!?」


道理で! 道理でなんだか色んなものがブルジョワジーだと思った!! 
しかし思いっきり嬉しそうに微笑むエステルにはそれ以上の抗議も出来ず、私はガックリとうなだれた。完璧に善意だ、間違いなく。善意だけど、なんていうかノーサンキューな部類過ぎる。
が、不意に気づいた。
帝国の一般的な婚姻の形は一夫一妻制だったはず。……そうだ、法律でそれ以外の形は認可できないはずだ。精々貴族や一部のお偉い方で一夫多妻制が特殊な形で許可されるとか、そんなもの程度だったじゃないか! 多夫一妻制なんて許されるわけが無いじゃない!
ぽっと現れた一縷の希望にうなだれていた顔を上げる。こんな面白愉快なコメディに終止符を、と口を開きかけた、その途端。


「折角なので、多夫一妻制を認める法律を皇帝権限で可決してきたので法的にも問題ないですからね」







ラスボスはヨーデル様だった。







「ま、そーいうこった。ちっと強引だけどな」


ちょっとで済むのかこれ。


「何の心配も無く三人で結婚できるよ


私は心配しかないよフレン。
気づけば、見知った顔がぽつぽつと増え出していた。カロルはどこか戸惑ったような、リタは顔を真っ赤にして、ジュディスはとてつもなく楽しそうな美しい笑顔で、各々招待客席に座り、こちらを見ている。
そしてレイヴンさんは泣きそうな顔で何故か縄で縛られていた。何が起きた。


「レイヴンは唯一挙式に反対していましたので、ちょっと強硬手段をとらせてもらったんです」


全く他意のない笑顔でエステルが両手をぽん、と打つ。なにそれ怖い。


ちゃん逃げよう! おっさんと一緒に逃げよう、ね? ね? おっさんだってこんな結婚おかしいって思ってるからおぶぇ!?」


必死の形相で私に逃げるように促してくれていたレイヴンさんの口に、どこからともなく取り出した大根を突き刺したエステルがにっこりと笑顔で









「逃げるなんて、しませんよね、?」









トドメをさした。





「僕は左側」
「んじゃ、俺の右な」


私の大好きな幼なじみ達は、この強引過ぎる展開に何ら疑問を持つことなく、むしろ嬉々として私の腕をそれぞれとり、ヴァージンロードを歩き出す。半ば引き摺られる形になった私は再び思う。









だからどうしてこうなっちゃったんだってばよ。









二人に愛されるのが嫌なんじゃない、二人を同じくらいに好きなんて高慢なことを言ってしまった自分が嫌なだけ、そんな自分が二人に愛される資格はないと思っているだけ。
しかしもう逃げ場は無く、耳元で純白のヴェールが歩くたびにサラサラと揺れる音がする。視界を遮るレースから透けた向こうにステンドグラスの鮮やかな……鮮やか過ぎる光。
その鮮やか過ぎる光と、色んな気疲れで目が眩み思わず眇めた。







 









「………………」


むくりと起き上がった私は状況が読めずに呆然と布団を見つめる。
カーテンの隙間から朝の光がうっすら差し込み、それがちょうど私の目蓋を焼いていたらしい。目を閉じている上に光が当たると何色ともつかない眩しさを覚えるものだ。
そうかぁ、それでステンドグラスかぁ。
そりゃあ眩しいよね……。


「………………………………夢オチ……っ!!」


どっと汗が噴出してきた。寝てて疲れるってのは生物の生態的に些かおかしいだろう、と握りこぶしを作って自分の脳みそに抗議した。
ベッドから這い出て、寝る前より草臥れた体に鞭を打ち、クローゼットを開ける。いつものコートを引っ張り出そうと手を突っ込んだ、その手に触れたのは酷く上質な手触りの何か。
エステルのコートかな、と思ったけれど部屋の中にその姿は無い。ということはきっと既に着用しているのだろう。ということはエステルの衣服では、ない。
思い切ってずるりと引きずり出してみると、


「……………………え」

思わず息を呑んだ私の手にあったものは―――












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さて何だったのでしょう。続きは貴方の心の中でっ!