抵抗出来ない、ということはどれほどの恐怖になるのだろう。
ただ逃げるだけ、必死に走り、追跡を撒いて、時には物陰に隠れる。許されることは精々それだけ。
少しでも触れられたならば最期、そこで全てが一巻の終わりを迎える。
それまでに積み重ねてきたことが全て、なくなってしまうのだ。











ってなことを考えながら、真っ青な顔のは同じように真っ青になったユーリと寄り添って震え上がっていた。
眼前には、平然とした表情で(とは言え苦笑気味ではあるが)コントローラーを握るフレンが「GAME OVER」の文字がシンプルに書かれただけのモニターを見つめている。


ネットで怖いと評判のゲームを何の気なしに触ってみたのだが、これは怖い。というかビビる。
建物の中を独り徘徊するプレイヤーキャラ、風と物音しか鳴らない不気味さの中で何の前触れもなく現れる青い化け物に追い回され、捕まったら即ゲームオーバー。
頑張って撒ききるか、どこか別の部屋に逃げ込んで箪笥に身を潜めて逃げ切ったりするのだが、この箪笥に隠れるところを見つかると箪笥を開けられゲームオーバー。
何の変哲もないようなゲームなのに、逃げる以外の抵抗を一切許されない設定が理不尽な恐怖を作り出していた。また化け物の登場の仕方がこちらの予想を上回るものであることが殆どだったせいで、化け物が画面に現れるたびは突拍子もない悲鳴をあげた。
意外だったのはユーリも一緒になって体を揺らすことが多いこと。
腕っ節も強く、大抵の怖い話なんかも平気だと思っていた(実際怪談話も平然と聞ける)が、何の対抗手段もないこの手のホラーゲームは本人的に想定外だったらしい。最初はニヤニヤと笑っていたのに暫くしたら無言になり、しまいにはいちいち悲鳴をあげると一緒に「うおっ」だの「おわ!」だの、どうやらびっくりさせられるのは得意ではなかったようだ。


「もうやだあああぁああ」
「……俺もギブ……」


いくらかげっそりした様子のユーリがの泣き言に同意したが、始めたからには終わらせるのがモットーのフレンにあえなく却下され(フレンの鬼! と文句もつけたが見事にスルーされた)、柳眉を八の字に寄せてソファにぐたりと体を沈める。


「誰だこんなもん持って来た奴……」
「ユーリでしょ……」
「俺のバカ野郎」


本気で後悔しだすユーリをよそに、ソファを降りたはずりずりとはいずるように前進し、コンティニューボタンを押したフレンの背中にぴたりと張り付く。怖いけど中途半端に先が気になるのだ。


「フレンは怖くないの……?」


肩越しに画面を覗き込むの気配に心の中でかわいいなぁとしみじみ実感し、唯一平然とゲームに向き合うフレンはくすりと笑みをこぼした。


「僕かい? そうだなぁ、怖くないってわけじゃないけど、僕よりとユーリが大きな声上げてるからね。それで冷静になれている気がするな」
「そういうものなの? 突然超高速でドバーンって来るのも?」


信じられないものを目の当たりにしているような口調でに再度問われたが、フレンとしてはどうしようもない程にそういうものでしかないので結局笑うだけにとどめた。はあまり納得していないような顔で暫しフレンを窺っていたが、画面の中にまた青い化け物が現れたのを見て、「ぎゃ!」とフレンの背中を盾にする。大丈夫だよ、と背中に声を掛けて、フレンは何事もないかのようにキャラクターを操ってあっさりと追跡を撒いた。おっかなびっくり覗いていたが小さく歓声を上げるのが何だかくすぐったい。普段こういうゲームなんて殆どしないけれど、たまにならやってみてもいいかな、と珍しく湧き上がる邪まな思いをじわりと押さえながら、フレンはゆっくりと背後のを気遣った。
と、その直後。フレンの肩越しに画面をチラ見するの腰に、独りソファに座っていたはずのユーリの両腕がガシッとしがみつく。その衝撃にはびくりと強張り同時に絶叫した。


「っぴゃひぁあああ!」
「……っ!?」
「うぉ、声でかっ」
「ゆっ……ユーリ! もおおおお脅かさないでよっ!」
「ははは、悪ぃ悪ぃ」


悪びれた様子もないユーリは、の大声に耳がビリっとしたらしいフレンがちょっとムッとしてユーリをちらりと見る目つきに、ニヤリと悪い笑みを向ける。


「……お前ばっかいい目見せねーぞ」
「個人的には、君のほうが羨ましい気がしないでもないけどね」


ひょこりと肩をすくめ、画面の中のキャラクターの操作を再開したフレンは、ふと自分の背とユーリの胸に挟まれた最愛の幼馴染が無言で何かを考えているのに気づく。考え込みすぎて今の男同士の会話も完全に 耳を素通りしているのだろう、何かを怖がっているようなそうでもないような難しそうな顔でうーんと首をひねり、そして彼女はおもむろに呟いた。


「…………この状態で青鬼に串刺しにされたらたまったもんじゃないよね………」
「…………………………」
「…………………………」






 











(なんでそんな物騒なこと考えているんだろう、とユーリとフレンは無言で首をひねるしかなかった。)