凛々の明星を天空に戴くある深夜。 照明を担っていた魔導器がなくなり、ただでさえ薄暗かった下町はより一層深い闇に包まれている。 真冬の冷たい空気の中を、泳ぐように紫色の羽織がひらひらとはためいていた。 (遅くなっちまったなぁー…) ぶるりと体を震わせて、レイヴンは鼻をすする。防寒具としてはあまり機能していない羽織の中に両手を引っ込めて、背中を丸めつつ足を速めた。 騎士団とギルドの連携も大分形になってきた。時々諍いが起きたりはするが、お互いの立場をすり合わせ、妥協と理解を重ねることで大きな問題になる事もなくなってきた。 それはまぁ、現騎士団長であるフレンと、騎士団にもギルドにも顔が利くレイヴンと、ユニオンの幹部達が中心となってどちらの勢力もがそこまでの努力をした結果である。 もしもその努力に弊害があるとするならば、 「愛しのあの子との大切な時間がどうしても減っちゃうってところ、かねぇ」 あーさびぃ、油断すれば垂れそうになる鼻水を啜り上げてから溜息をついた。 今日は演習遠征に関する意見のとりまとめがあるからどうしても遅くなる、とに告げてあった。 多分夕飯も城でとる事になると思うのよー、なんて彼女の手料理にありつけないことを残念に思って、その想いをそれとなく伝えてみればは面映そうに笑ってくれた。 城の食堂も悪くはないのだが、色んな贔屓目や彼女が自分の好みを熟知していることも相俟って、やはり彼女の作った食事が食べたい。しかも夕食をとってから随分時間も経っている。正直夜食を所望したいところだった。 けれど流石にこの時間にもなればも寝台に入っているだろうし、仕事で疲れているだろう彼女に我侭は言いたくなどない。 まずは帰ろう、寝顔でもいい、顔を見たい。会いたかった。 空腹感は、無理やりにでも寝ればどうにかなる。 そんなレイヴンだったが、部屋に帰り着いてテーブルを見て思わず両手で顔を覆った。覆いきれない耳まで顔を染める原因の熱が伝わるのが判って、知らず口元がぷるぷると歪む。 小さな、二人分の食事を乗せてしまえばそれでいっぱいになりそうなテーブルの上に、おにぎりが二つ載ったお皿が置かれていた。その脇には彼女らしい、しかし少し歪んだ文字で「遅くまでお疲れ様でした」と書かれたメモ。 そしてテーブルに突っ伏し、手にメモ用紙とペンを持ったまま、寝間着にカーディガンというこの季節には軽装すぎる格好で、小刻みに震えながら寝息を立てるがいて。 日付も変わろうという時間帯になっても帰ってこないレイヴンを心配して、夜食が要るかもしれない、と急遽おにぎりを作ってくれたのだろう。おにぎりはまだ仄かに湯気を立てている。 それから寒い外から帰ってくるのだと凍えないように気を配ったらしい。いつだったか天才少女が試作品二号だと言って置いていった小さな暖房機が置かれた入り口付近は暖かくて、が眠るテーブル付近は殆ど暖まっていなかった。 筆記用具を手にしたままなのは、もう意識が持たないと思ったが眠りに落ちる寸前にメモを書いたから。だからお疲れ様のメモの字があんなに歪んでいるに違いなかった。 「……っ、あー……」 どうしてくれようかこの可愛い子。 一瞬でこうなった状況を察してしまったレイヴンは、顔がだらしなく緩んでしまうのを抑えられない。愛されてるな、と強く実感して一日の疲れすら吹っ飛んだような気さえした。 起こさないように音を立てず施錠し、急いで脱いだ羽織を震えているの肩にかけてやる。これ以上震えさせるのは嫌だったし、何だか彼女を大切に思う男としての沽券にもかかわるような気もした。 それから、「ただいま、」、耳元で囁いて頬に軽く口づけてから、部屋の入り口にとって返す。 リタの暖房機を抱えての傍に持ってくると、もぞりと動いた彼女の手が肩にかけられた羽織を抱き込むように小さく握るのが目に入った。かすかに鼻を鳴らして、まるでそれに染み付いたにおいを感じ取って心をとかしたように、眠るがふんにゃり微笑み。 「………………あー、もう、ほんとこの子ってばもう……」 本当、どうしてくれようか。 御伽噺のお姫様よろしく夢の世界真っ只中のをそっと抱き上げ、目蓋に唇を落とした。 ありがとう、愛してるよ、の気持ちを込めて。
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