同じベッドに入り、おやすみなさいのキスをして、それから、全く眠れません。


ベッドにもぐりこんで既に数時間、当初は一応存在した慎ましい眠気はとっくのとうに消え去り、目蓋を無理やり閉じても無駄に力を込めてしまって妙にきしきししてしまうので諦めて目を開けた。
朝から普通に仕事をして(むしろ今日の市場は大盛況で、普段よりもよっぽどハードだった)、体はクタクタなのに、頭の中だけが不気味なまでにクリアな状態。



心と体に、咀嚼のずれが生まれる。
狭いベッドの中、すぐ隣で眠る金髪を起こさないように、私は小さく唸った。



頻度は低いながらも、こんな風に眠りたいのに眠れないことがある。そういう時は大抵、過去の嫌な思い出や辛かったことなんかが心の奥のずーっと下のほうでグズグズと淀んでいたり、あるいは未来に対する漠然とした不安だとか恐怖だとかが心臓を取り巻いていたりとか、要するに一応マイナスの感情というものが原因だったりするのだけれど。


今日の、今夜のこの時に限ってはそういう状態ではなくって、けれどなんともし難い気持ち悪さのようなものが体と心の隙間を這い回っているように感じて、……、どうしたらいいのだろう。
二度三度、窓側を向いたり、フレンのほうを向いたり。ごろごろと寝返りを打ってはやはり眠れない現状に眉を寄せ、私は結局仰向けに戻って天井をじっと見上げざるを得なかった。
そんな天井をアイスブルーの色で照らす、青白い月を窓越しに恨めしげに見やる。
夜は厄介だ。日の光の下に封じ込めてきた色々なものを、その闇の深さで助長して、無理やり蓋をこじ開けるから。
言葉にしようのないぐにゃりとした感覚が、喉元をついて声になって出て行きそうになるのをぐっと堪えたせいで、口が歪む。


ああ、なんか、どうにかならないかなぁ。


月から目を逸らして、一度だけ瞬いた。



ごそ、と隣のフレンが身動ぎする。起こしてしまったかも、と一瞬不安になるが、そうではなくて。
ころ、とこちらを向くように動いたフレンの顔は、普段の凛々しさからは程遠い幼さを湛えていて。
口なんてぽかりと小さく開いている。普段騎士団長として動いている間はきゅっと引き結ばれているせいか、余計に無防備さを感じ取って、思わず目尻が下がる。可愛い、なんて言ったら照れるかちょっと不服そうな顔して咳払いとかしちゃうだろうか、なんてことを想像した。……あ、今ちょっとだけ嫌な感じ、消えた。
そう思った瞬間、微妙に弱弱しい動きで、フレンの腕が私の布団越しのおなかにぽふん、と乗る。
そうして。
眠るフレンの、全く力が篭もっていないてのひらが、ゆっくりとおなかを撫でた。


あ、やばい、これは、


そう思った瞬間、顔がものすごく熱くなってきた。そしてほぼ同時に嬉しくて堪らなくなった。
だって、さっき撫でてくれた瞬間――本当にその一瞬で――、胸の奥のもやもやが一気に飛んでいってしまって。
それが何だか、―――眠っている間ですら、フレンが私を守ってくれた気がしてならなくて。
ものすごく嬉しくて愛おしくて、眠り続ける最愛の金髪の騎士の胸に思わず頭を寄せた。
今はほんの少しでも近くに居たい。たとえ今十センチも離れていなくても近くに、いたい。




……眠っている間の行動は、その人の素直な感情からくるものだってどこかで見かけた本で読んだ記憶がある。




頭を寄せ、体を寄せようとした時、またフレンの腕がゆったりとした動作で持ち上がり、私の背中に回される。そのまま、僅かに力をこめられてぎゅう、と抱きしめられた。
今度こそ起こしたのかも、と恐る恐る窺ってみれば……そこにはあどけない寝顔があって。
私は胸の中でいっぱいになった愛おしさだとか切なさだとか泣きそうな思いだとかを恐る恐る吐息に乗せて、ゆるゆると吐き出す。そうしたのにまだまだ苦しいくらい、嬉しくて幸せで、ああ。


私、多分フレンのこと好き過ぎて死ねるかもしれない。
大袈裟なことを、だけど大真面目に思った。でも、それでもいい。だって、




ねえフレン、私死んでもいいわ。




そう言ったら、きっと全力で慌てるだろう。でもきっと、―――意味に気付いてくれる。
明日言ってみようかなとぼんやり思っていると、遠い彼方に行方を眩ませていた筈の眠気が全身をふわふわと覆いだしたので、その心地よさに抗わず目を閉じた。












(ふわぁ……ぅん、おはよう、)(……大好きよフレン)(えっ、ちょ、い、いきなりなんだい)(これでも大分マイルドにしました)(えぇと、そうなんだ……?)(そうなんです)



(朝から「私死んでもいいわ」なんて、色んな意味で物騒だし、ね)