「……私が風邪引くのはしょっちゅうだけど、フレンが寝込むのって久しぶりね」
「ん……そういわれると、ゲホ、……そうだね。―――早く治して、ゴホっゲホ……、復帰、しないと」
「そのためにはまずしっかり体を休めなきゃ、でしょ。お薬も飲んだ事だし、ゆっくり眠って」


真っ赤な顔をして布団から顔を覗かせるフレンに、は苦笑した。
このとことん真面目な若き騎士団長は、ギルドとの合同演習中に遭遇した大雨に降られてこっぴどい風邪をお召しになったらしい。
ザーフィアス城に用意されたフレンの自室でがフレンの看病にせわしなく動き回り、今はようやく食事を終わらせたところだった。ちなみに有無を言わさずに「あーん」を強要され、高熱以外の理由で頬が熱くなったのは言うまでもなかった。


(あーん、なんて……照れくさいな)


高熱を逃がすように息を吐き出したフレンは、食事の後片付けをするを目で追った。

副帝陛下の友人として、また騎士団長の恋人として城内でちょっとした有名人になっている彼女が、フレンの看病のために足りないものを探して駆けずり回ったのは数時間前の事。
途中警備隊の数人にも会ったとかで、フレンの部屋には置いてなかった細々したものを用意してくれたと嬉しそうに話していた。先ほど食べた食事―――お粥とすりリンゴも、知り合いになった食堂の料理長に無理を言ってキッチンを借りて作ったらしい。

こんな風に、という存在がフレンの傍だけでなくその周囲にも溶け込んでいっているのを実感して何だか胸がほの暖かくなるのを感じながら、フレンはゆっくり目を閉じた。







結構な時間眠っていたようだった。
肌がべたつくのを煩わしく思いながら、ゆっくり体を起こす。汗をかいたことで少し熱が下がったらしく、寝る前に比べてほんの少し体が軽い。
はこちらに背を向けたまま、少し離れたところで洗濯物をたたんでいた。が小さく口ずさんでいる歌は幼い頃フレンが好きだった歌。彼女の綺麗な声と優しい旋律が、フレンの心に懐かしさと幸福を降らせてゆく。
と、歌が途切れた。ほんの少し名残惜しさを感じたが、自分が起きたことに気づいたが笑いながら近付いてくるのを小さく笑顔で迎えた。


「起きてたの?」
「ああ、ついさっきだけどね」
「じゃあ体拭いて着替えようか」
「え……えぇ!?」


平然としたの提案にフレンは思わずギョッとする。
新しい寝間着をチェストから取り出してすぐに浴室に引っ込み洗面器にお湯を張り、タオルを数枚用意してきたは、ギョッとしたままのフレンを見て両手を腰に当てた。


「汗だくのまま寝ても具合よくならないし、気持ち悪いでしょ」
「いや、その、でも、


いくら恋人同士になったとはいえ、直接肌へ接触されることに対して恥ずかしさと緊張が勝ったフレンがうろたえていると、そのあたりの葛藤を理解したらしかったは赤面する。


「……せ、背中は私が拭くけど、他は自分で拭いてもらうから安心して」


その恥じ入った声に―――、背中は自力で全部綺麗に拭けるかと言われれば……無理かもしれないと答えるしかなかったフレンはの申し出をぎこちなく、けれどありがたく受けることにした。







なんとも気恥ずかしさでいっぱいの時間を通り越し、ようやく一息ついたフレンとは、それぞれゆったりとした時間に没頭していった。
フレンは再び布団をすっぽり被りながら、横になる自分のすぐ隣で編み物をする最愛の女性を眺める。
毛糸針を器用に動かし淡い鳥の子色の毛糸の塊を徐々に形にしながら、機嫌よく鼻歌を歌うのふわふわと幸せそうな表情がどこか面映く感じて、フレンは僅かに赤くなった頬をぽりぽりと掻きこっそりと顔を逸らした。
けれど同時に、こうした何気ない時間に幸福を感じているのも確かで。







こうして二人で同じ時間と空間を共有出来るなら、








「―――風邪ひくのも悪くない、かな」


ぽろりと零れたフレンの一言には目を丸くして、それから


「私は、フレンが元気なほうがいいな」


と、花の咲くような笑顔を見せた。





 




(……そう、だね。やっぱり風邪治さないといけないな)

(でないと、君の唇にキス出来ないから)

そんなことを心に秘めながら、フレンは彼女の腕をそっと引いて。
何事かとフレンを見たの円い頬にそっと口付けた。




















お見舞いのつもりでフレンの部屋を訪れたエステリーゼ副帝陛下が、甘い空気を漂わす二人に目を輝かせてドアの入り口から覗き見ていることにフレンが気づくまで後7分。