白い円環が浮かぶ空。 たくさんの人たちがせわしなく行き交う足音、お客さんを呼び込む張りのある声。 食欲をそそるおいしそうな匂い。 そんな街中を同じ年頃の子供だけで走り回って、日が暮れるまで遊び続けた、懐かしい思い出。 私はかくれんぼが得意で、最後まで誰にも見つからずに隠れていられるのが自慢で。 他の皆が見つかって、残った私を探し回っても見つからなくて、降参するから出ておいでって言われるまで隠れていられる。 いつも鋭いユーリでさえも、私を見つけるのは苦手だって言ってた。 何でも出来るユーリに私が勝てること、それがかくれんぼだった。 だけど、たったひとりフレンだけは、そんな私をいつも呆気なく見つけることが出来た。 何度頑張って隠れてもいとも簡単に私を見つけ出すフレンに、不思議に思って聞いたことがある。 「ねえ、フレンはどうして私をすぐに見つけちゃうの?」 「え、うーん…そうだなぁ」 「君がいるところ、なんとなくわかるから、かな」 ぐるぐると視界が回り、心臓が酷く暴れてる。 砂漠の星空を堪能しようとこっそり宿を抜けた先で遭遇してしまった一連の出来事に、混乱が収まらない。 ユーリが、キュモールに刀の切っ先を突きつけた、そのシーンが目に焼きついて離れない。 怯えて後ずさるキュモールが流砂に落ちて、助けを求めながら呑みこまれていくその様を静かに見つめる幼馴染の、冷気すら漂う酷薄さを滲ませた視線。 そしてつんざく様なキュモールの悲鳴。 全てが、私の思考を絡めとり、拘束した。 ユーリ、ユーリ。 どうして、何で。……どうして。 不意に、遠くで砂を踏む音がして、気を取り戻した私は慌てて枯れ草に身を潜める。 得意だったかくれんぼのように。 ―――そんな無邪気な理由で隠れるのだったら、どんなによかっただろう。 フレンが、見たこともないような怖い顔で、同じように怖い顔をしたユーリと向き合っていた。 流砂の傍から立ち去る二人を見つからないように追いかけて、オアシス近くの建物の影に隠れた。 本当はこんなこと、していいはずがない。けれど良心が麻痺した思考に雁字搦めにされて、私は正常な判断が出来ていなかった。 花火が打ちあがる音や町の人たちの歓声が、余計二人の間に緊迫したものをもたらしていて、寒さからじゃない別の何かに体が震える。 ここからでは声までは聞こえない、けど、二人が本気で言い合いをしているのだけはわかる。少しずつ熱くなって、お互いを強く睨み合いながら、気づけば一触即発の状態になっていた。 まさか、戦うの……? 同じ道を目指していた二人が!? 鎌首をもたげてくる嫌な予感を押しとどめたいのに、ユーリとフレンの間に漂う空気はそれを許してくれない。 そして後押しするかのように、フレンが手を剣の柄にかけようとしているのが見えて。 (駄目、) 思わず叫ぼうとして、口の中がカラカラになっているのに気づいて、喉に触れる。何度試しても声が出なかった。 ならばせめて走り出せればと思っても……足がすくんで動いてくれなくて。叫び声をあげることも、二人に駆け寄って間に割り入ることも出来ない情けなさに私は静かに膝をついた。 でも、それ以前に。 ―――今ここで飛び出していっても、私じゃきっと今の二人は止められない。 そんな情けない私を尻目に、フレンはその場に現れた騎士に呼ばれてユーリの横をすり抜け、―――ふ、とこちらに視線を向けた、様な気がした。 フレンが去って。 金縛りが解けているのに気づいていたのに、私は一歩も動けなかった。 エステルとラピードが前方の茂みから出てきて、ユーリと微笑みあって、握手をして。 二人と一匹もオアシスから立ち去って、そこでようやく絞り出せた声は 「ふ……ッ、」 みっともない泣き声。 ユーリは、独りで決めてしまった。 自分の手を汚してでも自分の義を貫くことを決めてしまった。 フレンと二人で目指していたはずの道を違えるのを知りながら、茨の道を自ら行ってしまった。 そしてそんなユーリを、私は恐れてしまった。人を殺したその手とさっき見せたあの冷たい目を、私は恐怖したんだ。だから二人の元に走りよることも、叫びだすことも出来なかった。いつだって信じていたはずのユーリを信じられなかったから、だから。 胸の中で感情の嵐が収まらない。怯えて何もできなかった自分と裏腹に、ユーリの傍に立ち、微笑み握手を交わしたエステルの強さが際立って見えて、勝手な羨ましさと悔しさが涙腺をどんどん刺激する。 だけど、こんな自分勝手な感情で泣きたくなかった。ユーリが怖かった、エステルが羨ましかった、あの高貴な優しさと強さを持った姫君のようになれない自分が恥ずかしくて悔しかった……そんな、全てが自分本位の汚らしい感情で泣くなんて、ごめんだ。 嗚咽を飲み込もうと必死に口を両手で押さえ込む。 涙がこれ以上落ちないように、ひたすらに目を見開き涙に濡れた目を乾かして。 「」 かけられた声に弾かれたように顔を上げた拍子に、目元にたまっていた涙がパッと散った。 いつもの笑顔じゃないフレンが、どこか辛そうな目をして私を見下ろしていた。 「ど……して、ここに……」 「さっき、君がいたのに気づいたから。……君を探し出すのは得意だっただろ、かくれんぼのとき。―――君がいるところ、なんとなくわかるんだ」 跪いたフレンが視線を合わせてくる。何となく気まずさを覚えてそっと目をそらした私の頬に、フレンの手が触れた。 「……泣かないで、」 「……泣かないよ、フレン」 私は今ここで泣いていい人間じゃない。 私の答えに、ふぅ、と小さな息。視線を戻すと、フレンは切なそうに笑う。 「……ごめん、今のは間違えたみたいだ。……泣いて、いいんだよ。―――いや、今の君は、泣いたほうがきっといい」 「……泣きたくないし、私は大丈夫だから」 「それでも、泣いてしまったほうが楽になるよ。……そんな顔してる君を見るのが辛いんだ、」 「…………そんなに酷い顔してるのかな、私」 「してる」 壊れ物を扱うような手つきで私の手をとったフレンはそのまま私を腕の中に閉じ込める。 「フレン……っ!?」 「大丈夫」 ―――ユーリは君がいたことに気づいてなかったから、我慢しないで。 「ッ……」 「。今なら、花火やお祭り騒ぎの音が全部隠してくれる……君は、君のために泣いてもいいんだよ」 その一言に、最後の砦が崩れていく。 鎧越しなのに、懐かしいフレンの匂いと温もりを感じ取って、―――我慢していた箍が外れた。 「フレン、フレ、……う、わあああああぁ、わあああああんッ、ぅあああああっっ」 「…………っ」 「私、わた、し、ユーリが怖かった! 独りで全部、っく、ユーリはっ、決め、ちゃった、信じられなくなりそうだった、ぅく、ゆ、ユーリの隣に立てない、立てないよ、もう、私、エステルみたいに強くっ、強くない優しくない、わぁああぅう、わああああぁあぁ」 「………………っ」 大声で泣き叫ぶ私を抱きしめるフレンの腕に、一際力が込められる。 全部ここで吐き出してしまえとばかりに、金色と空色の幼馴染は私の逃げ場をなくした。 フレンの腕の中で、ユーリを想って。 花火が咲き誇る夜空の下、泣くことしかできなかった。 今夜の”かくれんぼ”もまた、フレンに見つかってしまったのだ。
|