「出来た、っと!」 ちまちまちまちま、夜毎に作っていたそれが今完成しまして。 私は料理や掃除みたいな基本的な家事は出来るけど、残念なことに裁縫とかそういうの苦手である。けれど、これに関しては頑張ったと自画自賛したい。それほど、念入りに、丁寧に、失敗したらやり直して、その失敗が何度あってもその度にしっかり、きっちりトライし直して。そんな風に毎晩毎晩ちょっとずつ頑張った。そして完成したものがこちら。 「薬研人形……!!」 淡い藤色の刺繍糸で作ったつぶらなお目々。手足の隅までしっかり詰めた綿をくるむ編みぐるみには、フェルトで作った粟田口一派揃いの制服を着せた。同じくフェルトで作ったつややかな黒髪、ほっぺには薄く桃色の糸で刺繍をして、人形らしく可愛らしさを強調してみた。……うむ、可愛い。 常日頃はゲームと仕事三昧でこんな細かい作業なんて正直やり遂げられるか不安だったけど、こうして完成してみると、私にもなけなしの女子力なるものが存在していたということがわかって、思わずニンマリする。 これなら、このお人形があれば! 「これで私寂しくない! やったね私!」 人形を掲げて思わずガッツポーズ。……っとと、時間を考えなければ。今はもう深夜と行って差し支えない時間帯なのだ。流石に皆寝静まっているだろうから起こしてしまっては申し訳ない。扉一枚で時空間(というか次元というか)を別のものとしているけれど、保安上、声や物音はお互いある程度筒抜けになるので、やばいと思いながら、部屋のドアをそっと開け、顔を出して本丸の方を伺う。 耳に入ってくるのは、リーリー、と庭の草葉から微かな虫の声と淡い風にそよぐ葉ずれの音だけ。宵闇に沈む本丸は、星空と月明かりにそっと照らされていた。誰も、起きている気配はない。 安堵してドアをパタンと閉めて、改めてまじまじと胸に抱き込んでいた人形を見た。 ―――うちの近侍筆頭であり、最初に最高練度に達したかの短刀は、現在資材不足に陥った当本丸の台所事情の問題解決のため、第二部隊を率いては長期間の遠征に度々出て行ってもらっている。ちなみに今も遠征真っ最中だ。確か帰還は明日の宵の口になるんじゃなかったか。 そんなわけで何度も繰り返し遠征に出てもらっているお陰か、資材も少しずつ回復してきて有り難い限りである、のだが。 ここにきて審神者業としてはきっとかなりどうでもよく、個人的には大問題なとある事案が発生してしまった。 寂しい。 薬研がいないのが、殊の外、寂しい。 勿論、一緒に遠征に出てくれている皆がいないっていうのも、ものすごく寂しい。皆無事に早く帰ってきて、なんてしょっちゅうお祈りしてる有り様だ。正直なことを言えば、部隊が戦に行ってる間なんて気が気じゃない。皆が無傷で、それが無理でも命が無事でいてくれればノルマなんて知らないってつい思ってしまうほどである。いや勿論ちゃんとノルマはこなすけれども、気持ちの問題ですよ。だって私、皆が大好きだし。うちの本丸に顕現してくれた刀の神様達は、誰も彼もが私の刀で仲間で家族だから。……んん、話がそれた。 だから、誰が本丸から出かけたって寂しいことに変わりはない、はずなのに。 薬研に対して感じる寂しさは質が違っていて、なんて言えば良いのか、薬研が傍にいないことが頼りなくて、薬研が「大将」って呼ぶ声が聞こえないのが切なくて。他の誰にも感じたことのない異質な心細さが過ぎて、彼が遠征に出ている夜は泣きそうになる、というか実際何度か泣いてしまって。 私と薬研はいわゆる恋仲というものだ。 ……そこに至るまでのあれやこれやの波瀾万丈は今は語るまい。うっかりしたら語りきるまで数日はかかるので割愛させていただく。 薬研と恋仲でありはするものの、基本的に私は半神半人の審神者なわけで、審神者として、彼を始めとする刀剣達を指揮しなきゃいけないわけで、だから公私混同する訳にはいかない。 仕事に就いたからにはちゃんとやり遂げなければ。でも寂しさは薬研がいない日毎に募って、結構辛い。色々板挟みになった私がとりあえずの解決策として思いついたのが、薬研人形を作ること、だったのだから、ああ私恋する乙女って奴になっちゃってるよ、みたいな自分に対して妙にしょっぱい感想を抱いたわけだけども。 いや正直、こんな人形作ってしまった自分に引いてないわけではないのだ。むしろがっつり引いている。 挙句、万が一刀剣達に人形を見られたりしたら「こんな気持ち悪い審神者のところで働きたくない! 他の本丸に異動させてくれ!」とか言われるんじゃないだろうかとか渦巻く不安で既にいっぱいいっぱいだ。 そしてもしも薬研本人に知られて、キモがられたりしたら。…………ちょっと審神者続けていけるかわからなくなりそうだなと、微妙に涙目になるのだ。というか今現在形で涙目だ。 馬鹿馬鹿しくも想像だけで大きなダメージを負ってしまった私は、完成したばかりの薬研人形をぎゅうっと抱きしめた。絶対秘密だ。私の恋心を具現化したこの人形は、誰にも秘密。 心のなかでそう決めて、腕を緩める。顔の高さまであげて、ちょいちょい、と人形の腕を動かして、 「『たーいしょ』」 似てもいない声真似までしてみた。本当、似てない。薬研の声はもっと低くて、耳に優しくて。 「お人形遊びなんてやる歳じゃないんだけどなぁ……」 余計に、寂しくなる。 「……『のんびりするのもいいもんだな』」 それでも何度か真似を繰り返しているうちに、何だか楽しくなってきてしまった。 うーん、パペットにしても良かったかも、なんて思いはじめる。 「『ぼったくりには気を付けてな』……ヤだ可愛い」 あっやばい本格的に楽しい。一人で薬研藤四郎モノマネショーかこれ。傍から見たら絶対やばいやつだとわかっているのに何だかとてつもなく楽しい。やべえ癖になるぞ……!? 後戻りができなくなりそうな予感を覚えつつ、ビシッとポーズを取らせると、 「『柄まで通ったぞ!!』……私の心まで柄まで通してきやがって……」 思わず悪態をつくと、何故だか、鼻の奥がつんとしてきた。ああ、まずい。本格的に泣きそう。 「ちくしょう、薬研め、大好きだよ……薬研がいないと寂しいよ……早く帰ってきてよ……会いたいよ……」 ガタンとドアの向こうが鳴ったのはその時で、反射的に人形を握りしめた。胴体部分に指がふわりと沈み込むと同時に微かな反発を感じて、変なところで人形の完成度を実感したけれどそれどころじゃない。 ちょ、え、待って、誰かいた……? ぞわぞわ広がる不安に苛まれて後ろを振り向くのが怖い。けれど、確認しないと、 「だ、れ……?」 みっともなく震えていた誰何の声に、ドアがうっすらと開いて。 「…………ただいま、大将」 口元を抑えて真っ赤に顔を染めた薬研が、どこか気まずげに入ってきたその時、悲鳴をあげずにいられたこの時の私はきっと頑張ったんだと思う。 口元を覆ったまま、視線を中々合わせようとしない薬研は、そうしていると何だか外見通りの年頃にも見えた。一応成人している私と中学生くらいの外見年齢の薬研ってやっぱり犯罪にしか見えないななどと頭の片隅でしみじみ実感する。―――いや、というか、何で今ここに薬研がいるの。帰ってくるのは明日だったと、どういうことなの、これ。ていうか、終わった。私イズエンド。英語の成績は悪かったですはい。 ぱくぱくと空気を食んでいるだけの私を見て、いやにゆっくり歩み寄ってきた付喪神の一柱が目の前にそっとしゃがみ込む。頭の上に手を載せて、とんとん、と軽く叩く仕草はいつもどおりで、けれどもやっぱり気まずげな顔で目を合わせてくれようとしない薬研を、何だか妙に怖く感じてしまった。それが伝わったのか、彼は小さく息をついてから、迷うように口を開く。 「……とりあえず、俺がここにいるのは、遠征、ちゃんと終わらせてきたからだぜ。ただ、大将が指定してた遠征先にはゲートの故障で行けずじまいでな」 だからちょっと近場での遠征に変更させてもらったんだ、と続いた言葉に頷いたものの、実際は見事に上滑りで頭の中を右から左ぃもしくは左から右ぃだった。要するに何にも理解してなかった。でも多分、普段通りに遠征終了の報告に来たところに、主の気色悪い人形遊びに遭遇してしまったんだろうというのはかろうじてわかった。顔を赤くしていいのか青くしたらいいのか、正直わからないレベルで大事故だ。 え、遠征から帰還して疲れているところにこんな酷いというかキモい仕打ち……なんというか、謝らねば。 決意したのに声が出せず勝手に空気ばかり食べ続ける私に、薬研は赤い顔で困ったように、 「ああもうなんだよ、何なんだよ大将、なんつう可愛い事してくれてんだ。俺をどうしたいんだ、なぁ?」 「へ……え、ふぉっ、どっ、ふぇ!?」 「何だよどっふぇって」 ニッと笑う薬研が、私の頭に乗せていた手をそろりと動かして、頬をくすぐる。手袋は既に外していたみたいで、ほんの少しひんやりする薬研の指先が、私の頬の熱をゆっくり吸い取ってくれた。もう一方の手で、人形を握りしめている方の手首を優しく持ち上げられる。一度人形に向けた視線を私に直して、それから綺麗で男前な私のこいびとは、首を傾げて幸せそうに微笑み、 「惚れた女に涙目で、しかも切なそうな声で、大好きだの俺がいないと寂しいだの言われてんだ、そりゃ男冥利に尽きるってもんだろ。挙句の果てに俺がいない間の身代わり人形までこしらえてまで寂しさを紛らわせようとして」 ―――これで、煽られねぇ男なんて、いないだろ? すぐ目の前に迫った唇から低く囁く声がした。いや正直ドン引きされると思ってましたよ自分でもキモイと思ったし、という返答はすかさず触れてきた薄い唇に飲み込まれて、あれよという間に口の中に生温かくて湿ったものが入り込んでき、あ、え、んぇ、あ、えっ、待って、初めてなんだけど、あぅ、初っ端から深いとか、ちょっと、あ、そこヤだぞくっとする、 「……ん、あぁ、悪いな大将。俺達が生まれた頃の口吸いは大体こんなもんだ、別名、口ねぶりってな」 悪いと言いながら悪びれる様子もなく、しかも、あっぷあっぷなこちらを薄目で眺める余裕を見せつけながらの発言である。合間合間に口内をくすぐられ、思わず引っ込めた筈の舌を吸われて、必死に息を吸おうとするこちらをじっくりと観察されるように見られるこの恥ずかしさといったら、人形とか目じゃなかった。 ようやく離れた唇はお互いの唾液まみれでてらてらしてて……、これは、直視に耐えない! 無理無理無理! と勢い良く薬研から顔をそらす。そのとんでもない恥ずかしさに身を捩ろうとして、いつの間にかがっちりと背中に片腕が回されていることに気がついた。まさかと思って、そらしていた視線を恐る恐る薬研に戻すと、笑みの形に細められた、いつもは涼しげな藤色の瞳にやたら熱がこもっていて…………、あああああ、ああああのこれはあれですね、あの、そういう経験ゼロな私でも分かっちゃったよ……要するに、そういうこと、だよね……? 「おう、そういうこった。……いいよな、大将?」 しっとりとした囁きで確認されたと思うと、握りしめていたままの人形は、あっけなく薬研の手に奪われて後方に景気良くぽいっと投げられた。 「触れられる位置に本物がいるんだ、人形なんていらないだろ? ……そういうわけだ」 柄まで通されてくれや、たーいしょ。 …………一晩で何度通されたのかは、言えません。 |