「私ね、今思いっきり長谷部を甘やかしたい気分なので」


そんなわけでここに頭乗せて寝っ転がりんさい。


的なことを近侍の長谷部に伝えてみたところ、彼にしては珍しくぽかーんとした間の抜けた表情を晒してくれました。


「……………………………………………は…………?」


やだ何だかレア。写メっておけばよかった、いや今からでも写メるかとスマホをごそごそ探していると、「主、ちょ、あの」おやどうやら我に返ったらしい。ちょっと残念。


「その、ここ、とは、失礼ですが、主の膝、という事でよろしいのでしょうか」
「そうですよ」
「…………ということは、主は俺に膝枕をするおつもりでいらっしゃる、と」
「いぐざくとりー」
「い、いぐ……? …………、…………流石に、それは承服しかねます……」
「……そっか」


長谷部はほんのりと頬を染めて目を逸らし、だけどしっかりと横に首を振った。サラサラの前髪が首の動きに合わせてふるふると揺れるさまを見て、何だか羨ましいと思った。
……なるほど、真面目な性根の持ち主であり、主と臣下という境界線できっちり区分けしている長谷部的には、どこか一線を越えた風な親密度を醸し出すであろう膝枕という行為はちょっと無理だということらしい。


…………だがそれがどうした、である。


「それじゃあ、長谷部」
「はっ」
「主命です、膝枕させなさい」
「」


…………今度こそは、写メれました。



観念したように、そっと頭を私の膝の上に乗せた長谷部の顔は、りんごでも中々ないだろうって程に真っ赤だった。
膝にしっかりと重みを感じて、よしよしと思わず笑みを浮かべる。そっと手を翳すと、一瞬ぎょっとしたように目を見開いた長谷部はどことなく緊張した面持ちで私の手の行方を目線で追っている。そんなに警戒しなくてもいいのになぁ。
信用ないのかなとちょっと残念に思いつつ、重力のまま横に流れた長谷部の前髪にゆっくり触れてみた。そのまま、するりと指を通り過ぎる滑らかな感触を楽しむ。一房とって、指先に巻きつけてみれば、巻きつけたそばからするんと解けてふわりと長谷部の額に落ちた。正直この髪質本当羨ましい。


「……主」
「はーい?」
「俺は、いつまでこうしていれば」
「んー……」


問われて暫し。


「そうだねえ……本当は、……本当なら、ね」


この、目の下の隈が綺麗さっぱりなくなるまで、って言いたいところだけど。仕方ないから、後十五分ね。


「……お気づきだったんですか」
「気づきますよそりゃ。誰より働き者の長谷部が、病欠していた私の代わりに膨大な事務仕事全部片付けてくれてたことくらい」


情けない話だけれど、つい先日までたちの悪い風邪をこじらせていた私である。
正直、この本丸の管理者である私が倒れてしまうと出陣やら遠征やら、何もかもが二進も三進も行かなくなるので、こういう場合は政府に連絡をとって、休暇を取ることが義務付けられている。ちゃきちゃき休んでとっとと治してさっさか復帰しろっていうことなんだろう。理に適った対応だと思う。
書類関係も、休暇中の書類提出期限は復帰後にまとめてでいいらしいのだが、あくまでも提出期限が延びるだけだ。書類そのものは休暇中のものも作成しなきゃならない。でもって、復帰したら直近の提出期限までにまとまって書類を提出しなければならないわけで。ぶっ倒れてうんうん唸っていた私が見た悪夢の内容の半分はこの書類作成でヒーヒー言ってる自分の夢だった、と言えば私がどれほどこの書類関係のあれやこれやを恐れているかわかるだろうか。


「…………主の補佐をするのが近侍である俺の役目。主がお気になさる必要などないんですよ」
「嫌だ。……いつも思ってるけど、今回は特に。私、長谷部に物凄く感謝してるんだから、感謝されてよ」


ぷんすかと怒るふりをすると、膝の上の長谷部がぱちりと瞬きをしてそれから不意に、ふふふ、とどこか楽しげな笑いを漏らした。何故だ。


「……なんか変なこと言った? 私これでも真面目なつもりなんだけど」
「ふふ……、ああ申し訳ありません主。ありがとうございます。貴女がそう仰って下さったことがとても嬉しくてつい」


声に笑いを含ませて、眦をトロンと下げた長谷部はふんわり笑った。いつもの完璧な笑顔と違う、どこかに隙を見せるような、とにかく見たことのない種類のほほえみに、思わず胸が鳴る。
どうしたことだろう、長谷部のレアな表情ばかり見ているからだろうか。何故か気まずくなって、思わず目をそらすと、「主?」長谷部の手が伸びてきて、そっと頬に触れてくる。
探るような指先が鼻の頭をかすめ、唇の端をかすめて過っていく。そわそわするくすぐったさと、手袋越しの穏やかなぬくもりに余計に胸がうるさくなった、なんて。


きっとさっきの長谷部と負けず劣らずの勢いで、私の顔も赤くなっているんだろう。
見られたくなくて、えい、と長谷部の両目を手でふせたのだった。