誰か俺の話を聞いて欲しい。聞いてくれるだけでいい、正直なところ俺の中で全く整理がついてないから、とにかく聞いてくれればそれでいい。……聞いてくれるか、そうか、ありがとう俺の親友。
親友になった覚えはない? なんだよ水臭いな。……えっ本気で言ってんの? マジで? そ、そうか…………。
まあ、その、とにかく、うん、聞いてくれると有難い。
俺の仕事はお前も知ってるだろ? え? 知らない? あっはい、運送業です。はい、とりあえず三年目くらいです、はい。
ま、まぁ、あんまり大きな声で話せる話じゃないんだけどな。
俺が配達を担当している地域がちょうどまぁ、この辺なんだよ。そんでな、さすがに場所は言えないんだけどあるマンションの四階にある家がさぁ…………
どう考えてみてもキャパシティオーバーしてんだよ…………
(俺の叫びを聞いてくれ)
意味わからんだろ、安心しろ俺もさっぱりわかんねぇよ。とりあえず順をおって説明するとだな。
いや、そのマンションファミリー向けっつか家族向けっつーか、3DKくらいだったかな、とにかくそんな間取りらしいんだけどな、何ヶ月か前までは、丁度俺らより三つか四つくらい年下の女の子が一人で住んでたんだよ。たまに配達に行くと「あ、いつもご苦労様でーす」つって笑顔が可愛い感じでさぁ。正直仕事で会うんじゃなかったら仲良くしたいなーって感じだった。……ただ、名前何度も見てるし覚えてたはずなんだけど、今思い出そうとしてもさっぱり思い出せねえんだよな。ボケたかな俺。……やめろよ親友じゃないお前を誘った時点で薄々確信に変わりつつあるんだから真顔で洒落にならんレベルでボケてるとか言うなよ。
ん゛ん゛っ……でな、その子ん家の苗字がな、最近変わったんだよ。しかも何……審判がどーのこーの、みたいな字。あーもうこれもど忘れしちまったかなぁ。
まあ何にせよさ、普通に考えたら引っ越して新しい家族が入居したとかさ、そんなんかなーって思ってさ、チャイム鳴らしたわけだよ、宅配ですーって。
そしたら、出てきたのが俺史上見たことないレベルのとんでもない美形の兄ちゃんだったんだよ。テレビの俳優とか目じゃねえよ、体型だってどこぞのモデルかってぐらい。でもなんか作務衣着てバンダナ巻いてたんだよな、微妙にダサいっつーか、でもあれあの兄ちゃんがつけてるからしっくり来てた。
で、まぁそんな美形を目の当たりにしたのなんて人生初なんで思わずボー然と眺めてたらさ、その兄ちゃんがにこっと笑って、
「お主、何かこの家に用か?」
って言われて。
……あっわかった、この美形一応日本人顔だけど実は子供の頃からつい最近まで海外かどこかにいて喋り方時代劇で覚えたって手合だなと。俺的にピンときた所為かなんか知らないけど「此度の訪問はお宅にお荷物のお届けに参ったでござる」とか思わず口走っちゃったね。めっちゃ恥ずかしかったけど、どうもそれが受けたみたいで美形はカラカラ笑ってくれたわけよ。
んでほら、ちょっとホッとしてさ「最近越してこられたんですか?」って聞いてみたんだわ。そしたら「いいや、ずっとここに住んでおるぞ」って言うわけよ。いや待ってくれ、こちらは以前は……って聞き返そうとしたら、何か理解したのか知らんけど兄ちゃんはポン、って手を打ったんだ。あんな完璧な動作で漫画的表現やらかす美形に驚いたけど、「ああ、お主に応対していた娘は俺の嫁だな」って言われてそっちに驚いたよ俺。
うわー結婚しちゃったのかーちょっと残念だったな俺、とか思いながらさぁ。「おめでとうございます、お幸せに」ってまぁハンコ貰って帰ってきたんだよな、その日は。
そんでな、それからちょっとしてからまた配達に行ったんだ。そしたらさ、…………また美形が出てきたんだよ。
違うんだ、別人なんだよ。最初に会った美形とはまた別の美形の兄ちゃんが出てきたんだよ!! なんか凄い髪が長くて白髪っぽくてふわっふわで、妙にガタイが良くって、何か袖のない着物みたいなの着ててさ! でもってこれまた「……そなた、この邸に何用か?」って古めかしい喋り方しやがんのよ!! 邸じゃないよマンションだよ!! ってか旦那さんがいる家に別の男ってどんな浮気現場だよ! ってなるだろ、だから聞いたんだよ「この間伺った時の男性は……」って。そしたら
「ああ、あれは……言うなれば親戚……いや兄弟、でありましょうか」
とか言い出すしさぁ! しかも「あちらの言うことは信じてはならぬ、この私こそがぬしさまの夫ですよ」とかも言い出すしさぁぁ!! 兄弟で一人の女巡って泥沼愛憎劇かよとか思うじゃん!? やめて私のために争わないで! 兄弟を愛してしまった私の罪をどうか裁いて!! 刃物が織りなす血みどろの肉欲と憎しみが俺を襲うかもしれないって思うじゃん!? それだけじゃねえのよちょっと!! 聞いて逃げないで!! 落ち着く、落ち着くから!! シュガーポット投げようとしないで!!
はー………マジ悪い、落ち着いたわ。
そんでな、まだ話は終わんねえんだよこれが。
また別の日に配達行くじゃん、もう何がなんだかわかんないっつかわかりたくなくって深く考えないようにって思いながらチャイム鳴らしたらさ、アンパン◯ぁン新しい美形よー! って感じだよ。とうとう三人目出てきやがったよ。
こいつもまたすごい髪が長くってさ着物っぽい格好してたんだけど、その二と違うのは黒髪だったんだよ。でもってその一とその二に比べたらちょっと若い、って感じたかな。
「おう、何か用か?」って喋り方がちょっとべらんめぇ口調で一番落ち着いたけどさ、それ以外何一つ落ち着く要素がないわけだよ、なにせ「第三の男、現る」ってところだし。んで三度目にもなると、慣れたくないけどある程度肝が据わっちゃってさ。ついに聞いたよ俺は。「こちらのご主人ですか?」ってさ。
そしたらその三の奴、「は? ちげーよ主は別に…………待てよ、主人って旦那とか夫とかそういう意味…………違う!! 俺とあいつはそんなんじゃねぇし! そっそりゃ頑張ってるあいつを見てちったぁ思うところがないわけじゃあ」って真っ赤になったところで「アハハすみませんこの人ちょっとアレなんで」って満面の笑顔で赤いピアスしたジャージ姿の新しい美形、いや美少年か? 出てきてさ、「おいてめぇ国広、この俺を捕まえてちょっとアレたぁどういうことだよ」「やだなぁ兼さん、ツンデレですか?」「ちげぇよ!!」って、俺無視して漫才始めたから帰ったわ。いやー疎外感って辛いな、今真正面にいるお前の視線の冷たさによく似てるわ。
そんで次もさ、今度もおニューの美形が現れるんだろうなって思ったら案の定出てきたよ、ジャージ姿の。なんか妙に威圧感があるっつか、こっちが挨拶する前に、
「貴様、早くその荷を俺に寄越せ。早く主に届けねばならん」
とか凄まれてさ? 正直、あっこれ殺られるって覚悟したね。そりゃもうぱぱっと荷物渡して帰ろうとしたらさ、「主、今この長谷部が貴方の元へ……!」とか突然恍惚としだしてさ、ちょっと待ってこの家『長谷部』って苗字じゃなかったよなって思わず表札確認してさ、恐怖も忘れて聞いちゃったよまた。こちらの旦那さんではないんですかって。そしたらいきなりカッと目を見開いて「何をそんな恐れ多いことを!! 俺が、主の夫君、だと!? た、確かに主が望んでくださるのなら吝かではないが、たとえ夫の地位に収まろうとも俺は主の忠実な臣下! そうであらねば……!!」って何か自己陶酔が始まっちゃったもんだから二回目の敗北を喫して俺は帰ったよね…………。
でもって、また別の日も配達だよ。
今のところ全員別人がほぼ一人ずつ出てきてくれてたからいいけど、そろそろ同時に出てきちゃったりして修羅場に遭遇するんじゃないかって気が気じゃなくってさ、でもその日出てきたのは小学生くらいのガキンチョで。しかも何か足元に白い猫五匹も連れててさ、まさかのもふもふワールド登場に俺の心は癒やされたよ。まぁ、なんかその猫、子供っぽいっちゃ子供っぽいんだけど、脚とかが妙にがっちりして見えてまるで虎の子っぽかったけどな、さすがにねーか。
……でもさ、こないだ美形その一かその二が結婚したばかりで更にその三は横恋慕しててその四はすでに崇拝レベルだし……ただでさえ種類豊富な美形が揃ってるってのに、その上で小学生くらいの子供って……いやほら女の子の方はどう見ても小学生の子供産んでるような歳には見えなかったからさ、ありえな……連れ子? 連れ子なの? その一の? その二の? どっちの?
……ま、その何だ、とりあえず出てきたのが子供ってことでそん時の俺冗談抜きでホッとしすぎて涙目だったね。そんでやっぱり言うじゃん、お留守番かな、おかあさんはいるかな? って聞くじゃん。
そしたら、なんかちょっとオドオドしながらさ
「あ、あの、僕におかあさんはいません、すみません……」
とか言われちゃってさ、もうどうしていいのかわかんなくなるあの感じ。頭抱えていいんなら抱えたかったんだけど、「あ、でも」ってちょっと明るい声が返ってきてさ、顔見たら色の白いほっぺ赤く染めて「お嫁さんになってほしいなって思う人なら一緒に住んでます」ってさ……一応さらっとさり気なく確認したら、「家に女の人は一人だけです」って言うしさ……。間違いなくとんでもない魔性の女があの家住んでるわって確信するしかないじゃん……。
もう色々ツッコむの諦めたのよ、その日で。んで、また別の日に行ったんだわ、その時はちょっと荷物の量が多くて。チャイム鳴らして出てきたのがこないだの子供な。その日も足元に猫連れてて、荷物の量見て、「み、みんなちょっと来て手伝って!!」って叫ぶんだよ。凄い遠いところに呼びかけるみたいに。っつかみんなって何事だよって思ってたらこれがまた出てくる出てくるわらわらと。その数、なんと十人前後の子供!! 上は中学生位から下は小学生まで!! 子沢山にも程があるだろ美形その一もしくはその二!! つーかあんたら歳いくつだよこんな大量の子供いるとか若作りってレベルじゃねぇぞ!? ほらもうツッコミ諦めきれなかった!
ん、学校の友達とかなんじゃないかって? 確かに大半似たような服装だったしさ、もしかしたらそうかもって思ったけど全員この家に住んでるって言うんだよ。うわぁってなってたらさ、白衣に眼鏡かつ短パンっていう自宅でそんな格好どうなのって感じの子がさぁ、「そこの兄さん、何か腑に落ちねぇって面だな」って聞いてくれてさ、思わず今までの事話しちゃったんだ。美形その一〜その四の発言その他俺のショックやらツッコミやらを。猫連れの小学生のことは流石に話さなかったけどな。もふもふワールドで癒してもらったし。その後SAN値削られたけど。
全部話し終わったら白衣少年が、「ったく揃いも揃って……」って深い溜息ついてた。それから俺に向かって、「仕事で来てくれてるお人をそんな混乱させちまうようなことばかりに遭わせちまって……俺達の手落ちだな。……あの人らにきちんと言っておかにゃならん。すまなかった」ってまるで俺を労ってくれるかのように肩をぽんって叩いてくれたんだわ。中学生くらいの年齢の子供がする気遣いじゃねぇってか、頼りになる先輩みたいな振る舞いっつーか。
その瞬間、俺の中で白衣少年に「兄貴」の称号を送りつけたね。いや、兄貴と呼ばせてくれって心ん中で思ったよ、だからその後に続いた「大将は誰のもんか思い知らせてやらねぇとな……」って異様にドスの利いた低い声は聞かなかったことにしたよ。
…………っていうかさ、俺こん時に気づいたんだわ。この時までに会った美形達と美少年とお子様集団、みんなその家に住んでるっていうんだよ。そんでまだ同居人が何人かいるっていうんだけど、嘘ついてるって感じでもねえしさ。でもさ、確かそのマンションの一部屋の間取りさ、最初に言ったとおり、3DKなんだよ。
……………………何人住んでんのあの家? なぁ。どう思うよ。
「んなの俺が知るかよ、お前カウントしてねえのかよ」
「うっかり数えたりしたら怖すぎるからしてねえよ!」
通路を挟んだ向かいの席からギャンギャン飛んでくる男性二人の会話を、私達は顔を伏せてただ無言で聞いていた。
うん、ええと、それ、うちですね。
「……我が家、だよね?」
「我が家、でしょうな…………」
向かいに並んで座る燭台切光忠と一期一振も、お互いに視線を合わせようとせず、非常に居た堪れなさそうな表情で確認しあっている。なんだろう、買い出しに来た先でちょっと贅沢に休憩しようか、なんて言いながら入ったファミレスでこんな羞恥プレイが待ってるとは思いたくなかった。
「……帰ったら、本丸の全員集めて会議かな……」
遠い目をしながら呟くと、正面の保護者二人が言葉もなく頷く。
……どうしてくれるのだ、この微妙な空気。そして宅配のお兄さん大変申し訳無いことをしまして、真に、真に申し訳ございません……。二度とそのようなことが起きないように対処いたしますので、どうかまた懲りずにうちの宅配担当してやってください頼みます。心のなかで謝り倒している私は知らない。
目の前の二人もまた、同じことをしてやろうと決意していたことなど。
頼むからやめてくれ、と半泣きで懇願する羽目になったのは、これより数カ月後、私が直接配達のお兄さんと顔を合わせ、「修羅場、気をつけてね」と心の底から心配されることになったある夕方の事である。
(配送業者のお兄さんへ:大変申し訳ございません)
[だそくまたはおまけ]
「お伺いしてもよろしいですか」と一期一振が遠慮がちに手をあげた。
「先程の会話を聞いていて、二・三質問したいのですが」
「あ、僕も聞きたいことがあるんだけど……同じことかな?」
「恐らくは」
「多分、二人が聞きたいことは何となくわかります……私の名前のことでしょ?」
図星だったらしい。お見通しか、なんて笑う光忠に頷いてから隠すことではないし、と彼女は前置きして語り出す。
現在の主は、人でありながら神様の領域に片足突っ込んでいる半神半人、というものである。
付喪神たちと共に過ごし、彼らが作るものを与えられ、主が作るものを与え、彼らと思いを交わし、彼らの神気を浴び続けているという日常を過ごす彼女が只の人に戻れるわけがなく、いずれ歴史修正主義者との戦いが終われば、今いる本丸に完全に居を移して神の末席に加わるのは確定事項である。
元々そちらに惹かれやすい家系の子供ではあったが、どうやら主はそれに輪をかけて『人との関わりが相当薄く、精霊や神といった森羅万象に属するものに愛されやすい』らしいのだ。影響は日に日に大きくなっており、そう遠くないうちに完全に神と同等の存在になる。
だが、戦いのさなかにある現状、完全に神になってしまうと細かいところで不都合が生じてしまう。
そのため、審神者なる者達は、付喪神である刀剣たちには一切本名を教えていない。本名……真名とは魂に等しく存在を縛るもの、なのだそうだ。付喪神達に名を知られ、万が一本丸の中で呼ばれてしまったら、神がその魂・存在を欲したとみなされ、その時点で半分人であった部分が綺麗さっぱり神様側に引っ張られてしまう。要するに、真名とは審神者が人間である為の最後にして最大の楔なのだ。
配達のお兄さんが伝票などで見たであろう彼女の本名を覚えていないのも、今の家の表札が「審神者」なのも、それを憂慮し、刀剣男士達に名を知られないように施された未来の政府の手による細工、なのだそうで。
「…………というわけです。そのうち戦いが終われば、私の真名は教えられると思うよ」
「そういった事情で、名を明かしてはおられないのですね。納得しました」
さて、そろそろ帰りましょう。話し終えた主が伝票をもってレジに向かう背中を、二振りの太刀は静かに眺めて。
「早いところ戦を終わらせないといけないなぁ」
「そうですね。……主と、本当の意味で共にある日を迎えるために」
そう、穏やかに笑い合って、今はまだ人の部分を持ち合わせる主の後を追った。
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