前書き これは、どうせ私しか読まない手記である。日記ではない。手記である。 審神者なる職業……職業かこれ……について暫く経った今、この生活に慣れきってそう言えば私どうしてこんな仕事してるんだっけ? とか情けないことにならないように、徒然に書き綴っておこうと思った次第である。あ、じゃあこれ手記じゃないや備忘録だ。審神者ったらうっかり青江。 …………とにかく、書き始めてみよう。 私は何の変哲もないどこにでもある一般家庭に生まれた。 父はどこぞかの会社員。母もパートに出ながら家計を支え、私もそれなりに家事の手伝いやら(嫌だったけど)運動やら勉学やら、ついでに反抗期に突入してみたり反抗期からの卒業してみたり、よくある家族の形の中で育ってきたつもり、ではある。 ただ、何の因果か知らないが、父の家系も母の家系も、昔から視えて聞こえて呼ばれて祓える人間が多かった。それも幽霊のたぐいだけではなく付喪神、と呼ばれる何かもだ。過去何人か、神隠しにあったご先祖がいたとかいう話をよく聞いた。隠喩ではなく、どうやら本当に呼ばれて神の元に行った、らしい。それでなくとも早死の多い家系で、その誰も彼もが死の前に「あ、そろそろあっちから呼ばれたっぽいわ、葬式の準備よろしく」的な発言を残しているという話だから凄まじい。 神職に縁のある家系でもないのにそんなことばかり起きる一族同士のハイブリッド、そしてサラブレッド。それが私だった。視える聞こえる呼ばれる祓えるにプラスしてとうとう日常会話も可能という能力もついてしまった私は、どちらの家系からも「まぁ強く生きろよ(肩ポン)」という扱いだった。お互いその手の出来事には慣れっこで、現在進行形で視える聞こえる(以下略)だからだろう。親戚付き合いにおいて、異端視されなかったのは多分幸運だった。 で、勿論親戚以外には気味悪がられた。幼児のうちはいい、まだメルヘンに生きている子という生暖かい眼差しで見守られるし、小さい子供というのは得てして強い感受性を持っているので、案外視えている子は多い。だが義務教育に入って学年が上がっていくと、そうはいかない。 いつだったか、こんなことがあった。 体育倉庫の片隅に、もう何年も放置されていたらしいバスケットボールがあった。ゴムはボロボロで、滑り止めも剥げ落ちてるようなそれを同級生の男子が見つけ教室に持ち込んで、これ汚いなーとげしげし踏み潰した。途端に剥がれ落ちるゴム部分を見て、他の子達からやだやめてよ汚いよ、もう捨てようよ、なんて声が上がった。ふるくさいだのゴミじゃんだの次々吐き出される言葉に、私はどんどん青ざめた。 だって、そのボールが、「いたいいたい、かなしいかなしい、」そう、泣きだしたからだ。 彼らは知らなかったのだろう。古いものには霊が宿る、それは古くは付喪神と呼ばれ、神様の一柱になる。神様が宿ったものを大事に使えばその分守ってくれるし、粗雑に使えばその分祟られる。だから物は大切に扱いなさい。うちの家系で唯一長生きしている母方の祖母が言っていたのだ。その手に、祖母のお付のようにすぐそばにいる付喪神のついた文鎮を持って。 目の前で踏み潰されているボールもそんな付喪神になったものだったらしい。 やめてやめて、おねがいふまないで、どんどん大きくなる悲しげな声に、いてもたってもいられなくなって、 「ねえやめようよ、ボール泣いてるよかわいそうだよ」 などと前に出て男子からボールを取り上げた。まぁそこから先は想像に難くないだろう。 あの子気持ち悪いとざわざわされるところからスタート、気持ち悪いからいじめちゃえ、に発展するまで非常に早かった。早かったのだが、彼らにしてみれば不思議なことに、私からしてみれば有難いことに、学校につく付喪神たちが何やら頑張ってくれたらしく、殆ど被害らしい被害もなかった。だって私物を隠されても隠された物自体とその周辺の壁あたりから「ここだよーここにあるよー」の大合唱が聞こえてくるわ、なら物理的にいじめてやるとボールを投げられようものならそのボールが気合で逸れてくれるのだ。気がつけばいじめることすら気持ち悪いということで、あっという間にぼっちになった。 こうなるまで色々学んだ私は静かに教室の片隅で大人しくしているか休み時間ごとにふらふらと廊下を歩きまわり学校の付喪神達に挨拶するという生活をおくることになっていた。ちなみに事の発端になったボールは家に持って帰ったものの修理できなかったので然るべき手順を踏んだ上でお焚き上げ、である。 中学に上がる頃には、ちょっと不思議ちゃんだけどおとなしい子、でも積極的に関わりたくないという評判だったのでやっぱり親しい友人はおらず、けれども人付き合いはそこそこに、という平凡な学生生活を営むようになった。ただ同年代の友人と遊ばなくなった弊害か、はたまた恩恵か、この頃既にゲームオタクで漫画オタクになっていたのは言うまでもない。乙女ゲーも何個か嗜んだ。推しキャラは秘密である。 その頃に祖母が亡くなった。 亡くなる直前に教えてくれたのだが、なんとこの祖母についていた付喪神、その昔幼い祖母をどこぞかに連れ去った事があるのだという。友だちになったのだからここで一生遊ぼうと誘ったものの、幼い祖母の「私がいつか結婚して子供が出来て孫が生まれて大きくなるまで待ってくれたらいいよ」の一言で待っていたらしい。おい何だそれ。 しかも更に聞くと、この文鎮はこのあたり一帯を治めていたお武家様のものだったらしい。相当古い付喪神でこの辺一帯のどの付喪神よりも神格が上だとか。こいつこのあたりのドンだったのかよ! 知らなかったよ! しかも何だって、私が今まで付喪神に呼ばれたりしていたものの呼ばれきらなかったのはこの文鎮が守ってくれていたから、だとか。祖母が亡くなれば文鎮もここに在る理由はない、となると今まで抑えられていたガチのお誘いがどんどこ増える。 あれこれちょっとやばい。そうデカデカと顔に書いてあったのを読み取った祖母がお守りをくれなかったら、もしかするとこうして審神者なんてしてなかったかもしれないと今思った。 高校を卒業してしばらくして、両親が亡くなった。流石に泣いた。 勿論両親もただ亡くなったわけではなく、案の定呼ばれたらしい。近いうちに一人残される私に何度も何度も謝っていたけれど、どうせ無理なことだったとしてもやっぱり生きていて欲しかった。 両親の死により、父方・母方双方の親戚筋から少しずつ疎遠になった。 このあたりは思い出すと少し辛い。 遺産とバイト生活で地道な生活を営んでいたある日、いきなり政府の何とかさんって人が現れた。しかもなんだか知らないが今からほぼ二百年後の未来からきた、とも言っていた。 ……ちょっと大丈夫ですか、頭の方。 しつこく「話を聞いて下さい」と食い下がってくる何とかさんに思わずそう聞いてしまったこともあったけど、とりあえず納得させられたのはこうして審神者になってることから想像してほしいと思う。……なんか備忘録の役割ってなんだっけってなってきた。 で、その何とかさんの話を聞くとこうだ。 概要。 歴史を変えようとする輩の手から貴方の力で歴史を守って下さい。 その方法。 私の力……私のような力の持ち主を審神者、というらしい……を使って、刀剣に宿りし付喪神を目覚めさせ、過去に飛ばし、相手の手先と戦ってもらい、歴史改変の魔の手から守る。 何故私が? という問いに「残念なことですが、」と前置きされて聞かされたのは、二百年後の未来には審神者たる力を持つ人間が殆どいない。正確には、いなくなってしまった、と。それほどまでに、相手方の力は強力だったらしい。だから、この時代の審神者たる力を持つ人間に目をつけた、のだそうだ。 でも歴史改変されるのならこの時代の人間も襲撃されたりして危なくないの? というか何でこの時代なの? と尋ねてみれば、どうもギリギリセーフでこの時代の時空? か何かを封じることが出来た、でもって相手も強固な結界? に手を焼いたらしく、結果、覗き見程度しか出来なくなった。こうなったら逆に歴史改変の影響を観察するための時代に指定したようだ、とのこと。故に、直接この時代に手を出してくることはまずないらしい。 では審神者になるそのメリットは。 この時代の政府高官を通していろいろ便宜を図ってくれるらしい。具体的には、お給料はこのくらいで、保険に関しては……と次々提示される好条件に思わずごくりと喉を鳴らした。条件はかなり、いや相当いい。一年働けばその倍は遊んで暮らせるレベルである。正直諸手を上げて「やりまーす審神者なっちゃいまーす」といきたいところだけれど、尋ねなければならないことはまだあった。 その、代償。 付喪神を呼び出す、なんてよく考えてみればシャレにならないことをさせられるわけだから、絶対になにか危険や不利益はある。これを知らないままでいる訳にはいかない。意を決して尋ねると、何とかさんは重々しく口を開く。 曰く。 審神者としての能力を振るううちに、呼び出した付喪神の神気による影響が確実に出るので、私の体も寿命も殆ど神と同等になる。審神者として契約した時点で、年齢を重ねることは不可能になる。歴史修正主義者との戦いが終わるまでは、どうにか半神半人として留まってもらうが、戦いが集結した後は恐らく人には戻れない。現世に戻れるか、というのも限りなく難しい。現世に遊びに来る程度はできる、かも、知れないが。 これを聞いて、私は思わず―――拍子抜けした。 私は元々、神様やその他に呼ばれやすい一族のハイブリッドでありサラブレッドなのである。 私の祖母も両親も、神やそれに近いものから呼ばれて逝った。ということは、私の家族は神の世界やそういう領域にいるってことじゃないのか。 要するに、審神者になって生きたまま神の領域に突っ込むか、呼ばれて死んで神の領域に吸い込まれるか(いや吸い込まれるのかどうかは知らないけど)という些細な差、ということじゃないのか。そう意気込んで尋ねると、何とかさんは盲点だったらしくて「あ」なんて口を丸くしていた。これが私にとって全くデメリットではない、むしろいつ起こるかもしれないお呼ばれと何ら変わらない、いやもしかしたら遊びには来れるかもという希望まであるということに気づいたらしい。かくして私は審神者になることをさっくり決め、最後まで名前を覚えられなかった何とかさんとがっちり固い握手を交わしたのだった。 さてそんなわけでこの時代、私の家の使われていない部屋から審神者として働くための本丸という謎時空間を作ってもらい審神者としての仕事につき、そして今に至るわけだ、が。 …………もう、私は保たないかもしれない。 付喪神をおろした刀は見目麗しい男子または男性の姿になる。ある刀は恭しく私の手を取り、またある刀は可愛らしく健気に私を慕ってくれる。彼らそれぞれの性格の色濃いコミュニケーションは、変なものが視える気味悪い子扱いをされていた私にとっては有難いことこの上なかった。私もそんな彼らに早々に敬愛と親愛を持つに至り、そして彼らを神として敬うことを忘れなかった。 不思議なほど穏やかな生活とそんな彼らを戦いに赴かせる責任感に戸惑うことはあるけれど、概ね嬉しくて幸せすら感じているから問題はない、と思っていた。 だが、もう無理だ。 誰に伝わらなくてもいい、ただ、叫びたい。 よし叫ぶ……いや、書きなぐってもいいよね、誰にも聞こえないもんね。いいよね。では。 イケメンに囲まれるこの生活に悶えすぎて毎晩寝る前に死にそうです何この逆ハーレム!!! 乙女ゲーを嗜んでたオタクに何をさせたいの!!? いや、うん、審神者すればいいのか……!!? あーもう何がなんだか!! どうすんの、今まで「加州様」とか「堀川様のお力添え、ありがたく思ってございます」とか頑張って作った審神者としての顔が崩れそうだよ崩壊寸前だよ!!! 中身ただのぷちコミュ障のオタク女だよ!? 実はもっと砕けた喋り方したいけどうっかり作ったキャラを今更壊すのもなんだかなーとか色々考えてることがあるんだよ!! でも今更崩せないんだよー……!! バレて嫌われたらどうしたらいいんだよー! ていうかね! 書類仕事してたら加州が構ってよーって背中に張り付いてくるし可愛いすごく愛でたい!!! 庭で遊んでる五虎退と虎ちゃんズが可愛くてほのぼのしてたら主様って叫んでとてとて走ってきてくれた上に虎ちゃんズごとハグさせてもらって可愛い嬉しいうひょおおおお!!! 三日月は何なのあの見た目だけでご飯三杯いけるわご馳走様です!!! 前田は礼儀正しいのにお菓子を差し出すとふわって笑ってくれるのなんなの私を魅了したいの可愛い!!! 薬研はどこをどうしたらあんな見た目美少年中身兄貴なの麗しいやらカッコいいやらでどうしていいかわからないよ!!! 小夜はもうどうにかして幸せにしてあげたいよ幸せになってもいいんだよ可愛いよ!!! 歌仙のあの笑顔は何なのさあの笑顔反則だよ見てるこっちがとろけるわ!!! 堀川にいたっては(以下こんな調子で全力で書きなぐる文字が続く) 「「…………これは……」」 堀川国広と和泉守兼定が、揃って件のノートを覗きこんで一言漏らした。彼らの正面に立つ歌仙兼定は、頭を抑えてため息をつく。 「たしかに彼女は、時々何かを抑えているような素振りを見せていたけれどね。…………無理なら無理だと早くに言ってくれればこんな事にはならなかったろうに」 少々雅ではないかもしれないがねと付け加えると、やれやれと頭(かぶり)を振る。 その背後では珍しくしかめっ面をした鳴狐の肩に乗った狐がキャンキャン三日月を叱りつけ、叱られている方の三日月はハハハと笑っているものの、その表情はどこかひきつっていた。さすがに失敗したと思っているらしい。 事の始まりはとても単純だった。 主、廊下にて懐に忍ばせていたノートを落とすも気づかず移動。三日月、そのノートを拾い熟読開始。「そうかそうか」と微笑みながら厨房でご飯三杯分をよそって主の部屋へ。 そして血相を変えてノートを探す主に茶碗を差し出し、 「さあしっかり食べるといいぞ。主のノートを見たが、俺を見ながらならば汁も要らずに白飯三杯はいけるのだろう?」 そう宣ったのである。 かくして、彼女は悲鳴をあげた。乱藤四郎はこの時の主の悲鳴について「んばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああってよくわかんなかった」と語る。 「それで、その、主さんは?」 堀川が恐る恐る尋ねると、歌仙は深々とため息を付きながら廊下の先……主の私室がある方向へ目を向ける。 「今、薬研と大和守が彼女の部屋を開けるべく説得を続けているよ」 「なんだよあいつボイコット中なのかよ。……いやまぁ、わからんでもないけど……」 「……二人には頑張って欲しいところですね……」 「…………ところで加州はなんであそこでデレデレしてんだ」 「あぁ……多分ここだよ、兼さん。ほらここ」 「………………あー……可愛いって書かれてたのが嬉しい訳な……」 「す、すみませんこれ何の騒ぎですか!?」 「…………遠征組にも説明しねぇとなァ」 「主さん、早く出てきてくれるといいね」 「そうだね」 がやがやと、一冊のノートを巡り刀達が騒ぐ本丸。その声のどれもが、主を心から案じているものだった。 審神者となった彼女はまだ知らない。 いくら審神者とて、付喪神達に愛されなければ力はいずれ消失するということを。 彼女の力は増加傾向にある。一人や二人ならば、現世に連れて行くことすら出来るようになっているのは、その力の成長があるからだ。力が成長するということは、彼女が付喪神達に親愛であれ友愛であれ――恋愛であれ、とにかく愛されているという証拠に他ならないという証拠だった。 そんなこととはつゆとも知らなけりゃとんと関係もなく、本性がバレたショックで引きこもった審神者が、業を煮やした大和守の手によって号泣しながら引っ張り出されてくるのは後四時間ほど先のことであり、泣き止んだところで「猫かぶらなくても嫌うわけがない」と揃いも揃った面子に説得されて再び号泣するまで後四時間半である。
と あ る 審 神 者 の 事 情 と 現 状 と 惨 状 |