本日何とかして実行したい事。


長いこと片思いだったさんに、とても似合いそうな可愛い簪をプレゼントして、思いを告げる事。


本日のショッキングな出来事。


穏やかな晴れ間の空の下、まるでピクニックデートのような勢いで、思い人と自分の父親が頬を染めて微笑みあいながら二人仲良く並んでお昼を食べていた事。









お父さんは










呆然とその光景を眺めている山田利吉の背後から「あー、利吉さんだー」と聞きなれた子供の声。
ギギギ、とぎこちなく振り向くと、いつもの三人組がてけてけのんびり校庭を歩いてきていた。


「お前たち……」


ふたたびギギギと前を向き、またもやギギギと前方を指差して、「あれは一体どういうことだ」と尋ねると、乱太郎が低い声で「あー……」とため息に似た声を出した。


「そのぉ、それがですねぇ」
「山田先生ったらここんとこ毎日さんと一緒にさんの手作りのお弁当食べてるんですよぉー」


言いにくそうにもごもごと口を動かす乱太郎の声にかぶせるように、しんべヱは至って暢気に聞き捨てならないことを言ってのけたのだった。


「な、なんだって……!? なんでどうしてそうなった!?」
「ひぃい!?」


利吉は何故か両手でしんべヱの頭をガッツリ掴み、そのままガックンガックン前後に揺すりながら問い詰めた。しかしあんまりの剣幕に半泣き状態のしんべヱが答えられるわけがなく。
動揺しすぎて子供相手に全力で揺さぶりをかける利吉を、力ずくでしんべヱから剥がした乱太郎ときり丸は、ここ数日の”騒動”について語りだした。






曰く。
本当に何日か前の話。



「食事時で人が一杯の食堂で、入ってきた山田先生に向かっていきなり『山田先生、このお弁当食べてください!』って両手で弁当箱を差し出したんスよ」
「その場にいたみんなギョッとしてましたよ、何せさんの手作り弁当らしかったんで」
「そうそう、賑やかだったその場が一瞬でシーンってなったもんなぁ。んで、山田先生は慌ててさんを連れて食堂を出てったんですけどね」


ここから後は、上級生から伝え聞いた話だ、ときり丸は前置きしてからさらに続けた。


「こっそり後をつけた先輩方が見たのは、満面の笑顔でさんのお弁当を食べ始めた山田先生と、その笑顔に顔赤くしてにこにこしたさんが今みたく並んで座ってる姿だったらしいっす。」
さん、まるで山田先生に恋をしてるようだったって。で、それがさんに憧れてた人たち全員に伝わって、みんなして暗くなっちゃってまして……」


そう言葉を締めくくり、乱太郎は目の前の利吉をちらりと見上げた。
この話を聞いた学園関係者の男性の七割はどんより落ち込んでしまうのだが、眼前のプロの忍者も例外ではなかったらしい。しかも当事者たる教師・山田伝蔵の息子だ。ショックはより大きいに決まっている。











(まさか実の父親が恋敵だなんて)


私を見て花が咲くような笑顔を向けてくれていたのは、私に脈があるとかじゃなくて……私に父の面影を重ねていたからだったりするのか……確かにパーツは似てるけど! パーツだけは似てるけど!! 


―――と、有り体に言ってしまえば物凄く傷心の山田利吉十八歳は、あまりといえばあまりに理不尽な失恋に愕然とした面持ちのまま重い足取りで校門に向かっていた。
あのまま顔を合わせても、普段どおりの対応が出来るかも怪しい。というかうっかり泣き出しそうで、要するに今の彼はいっぱいいっぱいすぎた。冷静沈着がモットーの忍者なのに。
懐にしまいこんだままの、今日プレゼントするはずだった桜の簪がずっしりと重たい。その重さに負けず劣らずの重いため息をひとつ吐く。


「り、利吉さぁぁあん!!」


背後から聞こえたぱたぱたと駆け寄る女性の足音に、利吉は振り返った。
そこに見たのは今は会いたくなかった思い人の姿で。今日の出来事のショックで判断力を鈍らせてしまった利吉がどうしたものかと考えあぐねている間に、は「よかった追いついた」とはにかむ様な笑顔を浮かべたかと思うと、急に緊張した面持ちで手にした包みを突き出した。


「わたしね、利吉さんにお弁当を作ったんです、味は山田先生のお墨付きですからよかったら道中食べてください、ああそれでももしお口に合わなかったらお地蔵さんにでもお供えしてくださって結構ですから、ね!」
「え」
「そ、それじゃ、引き止めちゃってすみませんでした! 」


反射的に包みを受け取った利吉を見て、は今走って来た勢いのままUターンして全力疾走で去っていった。
どういうことなのという文字が頭の中でぐるぐる回る利吉の頭上から、今最も顔を見たくなかった人物の声がした。


「そのお弁当、お前の大好物ばっかりだよ利吉」
「ち、父上!?」


ニヤニヤした笑顔を隠さず、伝蔵が利吉の前に音もなく舞い降りる。突然の登場と言葉に、すっかり真意を測り損ねた利吉は、父親の笑顔に憮然としつつ「どういうことですか」と尋ねると「もーこれだから仕事中毒の朴念仁はァ」と大げさに嘆息されてしまった。


ちゃんにね、『利吉さんにお弁当を作って贈りたいんです』ってね。真っ赤な顔でお願いされたんだよ、こないだね。で、父親である私が試食をしてお前さん好みの味付けを教えてあげてたって訳だ」
「私に、お弁当を……」


呆然と口にする利吉を見て、ご多分にもれず自分の息子もとんでもない思い違いをしていたようだと気づいた父親は、どいつもこいつも酷い勘違いばっかりしおってからに―――と呆れた様子で続け、しかし次の瞬間再びにやりと笑った。


「ほーんと、ちゃんてば熱心に頑張ってたのよ、今日あたりに利吉が立ち寄るって教えたら、朝もはよから食堂に篭って一生懸命弁当作りに励んじゃって」


利吉は徐々に言葉の意味を理解する。
と伝蔵がふたりだけでお弁当を食べていたのは、自分の好きな味付けを伝蔵から教えてもらうため。つまり『が伝蔵に恋をしているらしい』というのは見事な勘違いで、要するに……




「―――で、利吉よ。そうまでしてくれるちゃんの想い、お前が無駄にしてもいいのか?」




すっかりちゃんにベタ惚れなくせに、とニヤつく父親を顧みずに、利吉は踵をかえして走り出した。






 


知っていた
 










(どうしたのちゃん、私の顔何かついているのかい)
(あ、いいえ……やっぱり親子だなって。山田先生、笑うときのクセが利吉さんとそっくりですね)
(ふぅん……ちゃんは利吉の事よく見てるんだねぇ)


「―――ほんと、愛されてるねぇ我が息子ながら」


こりゃ孫を見る日はそう遠くないかもしれないぞ、母さん。
息子がを追いかけて走り去った方を見て、嬉しそうに呟いた。









 

(そして、手を握り合う利吉とを目撃したらんきりしん三人組によって、
新しい噂が広まったものの―――結局どんより気味の空気は変わらなかった。)