望んだわけがない。あってたまるかチクショウめ。
俺にそんな属性はない!! あっても嫌だ!!
だからこの目の前の光景は夢だと思っておく。
それも、とびっきりの悪夢だ。
だから、
「も、もんじろうくぅん…」
だからっ、
「どうなってんのこれぇ……」
普段より頼りなげに人の名前を呼ぶ女の頭にふっさふさの異物がついてたとしても俺は靡かんぞっ!
……靡いても一寸くらいだ!
誰だ、一寸でも靡いたことにゃ変わりないじゃんとか思った奴は。
ゆめのおはなし
とりあえず事のあらましという奴はこうだ。
今日の授業も終わり適度に自主トレもすませた俺は、程よく疲れのしみた体を休ませようと長屋への廊下を歩いていた。
そこにが白い布を被った変な壷を持って現われた。やたらとでかいサイズで、あんまり前が見えているとは言えない覚束ねぇ足取りだったんだ。
そこで俺はその壷を持ってやろうと声をかけた。「よぉ、辛そうだな」ってな。
そしたらあれだ、壷の所為で俺すら見えてなかったんだな、からは。
「ほぎゅっ…ひにゃぁ!?」
ガシャーン!! ……これですよ。
びっくりして後ろに仰け反りやがって。そのままバランス崩して壷ごと廊下に転がったって寸法だ。
しかしこの女はどうしてこうも色気のない悲鳴ばかりあげるんだろうか。まぁ、悲鳴はこの際関係ないんだが。
割れた壷の中身は何だったのか、それは今更の話でわからない。
ただ、粉々になった瞬間、妙ちきりんな色の砂煙のようなものが辺り一帯…正確にはのすっ転んでるあたりに充満してそりゃもう無茶苦茶に煙たかった。
俺は咽てやかましいくらい咳き込んでいたが、は壷に引っかかってた布を頭から被っていて無事だったらしい。
引っ被った布をずらすつもりで頭に手をやったあいつは急にぴたりと動かなくなった。
ぺた、ぺたぺた、って感じで、布越しに頭を触って次の瞬間ざざざ、と青ざめたと思ったら声もなく高速で後ろ歩きで俺から遠のいた。
不自然極まりないってのは、多分誰の目から見ても明らかだったと思う。つってもその場に俺しか居合わせなかったんだが。
それにしても、あの後ろ歩きはちょっくら気味が悪いほど速かった。何か変な動力積んでるんじゃないかと疑いたくなるほど速かった。
何事か妙に気になったんで(視界のかなたに消えゆく時のの顔が「なんかヤバくないこれ?」みたいだったのも気になった)とりあえず後を追ってみようと思ったわけで。
……んで、追いかけた先はにあてがわれた部屋のある小さな離れで。
こっそりと、中の様子を覗ってみたら「うぉぉぉうぉぉぅぅぉおううおぉぅ」と正直関わりあいたくなさげなうめき声。
(何で俺こんな変な声出せる女が好きなんだろう…)とかちょっと思ったが、まぁそれはそれだ。今の俺の選択に関係ないので放置。
―――――関わるか、否か。
迷った。すんげぇ迷った。
学園長先生に
「おぬしが学園長の跡目を継ぐのを確約してやるが、その代わり今すぐ(ピー)で(ピヒョロピー)じゃ!」
ってな感じで意味の判らない取引条件出された気分だ。(あくまでも今の気分を例えるならってだけなんだが)
とは言え、白黒はっきりさせんと何となく後悔しそうだった。とりあえず関わってから考えよう、切った張ったがあるわけでもなかろう。
そう決断して、勢い良くスパァン、と戸をあけてやった。びくぅ! と布団の膨らみが揺れて、どうやらそこに逃げ込んだらしいのが見て取れる。
「何やってんだよ」
声をかけると、布団お化けモドキはまたびぴくぅ! ってなった。
くぐもった声で「なななな、な、なにもしてないよ?」とか抜かしたが、何をどうしたらその言葉を信じられるんだ。
つーか俺を誰だと思ってんだ。学園一忍者してる潮江文次郎だぞ。忍者は疑えるものは全て疑うもんだ。第一そんなにどもってて何も…ってのはないだろう。
―――怪し過ぎだっての。ため息をついた俺は、一思いに布団を剥ぎ取ってやろうと手をかけて……
……剥ぎ取って…そんで、固まった。
「みぎゃー! みぎゃー!!」
とパニック真っ最中のの悲鳴もあれだが、その頭から生えてたものがあんまりにもインパクトでかすぎだったせいだ。
全体的に真っ黒だけど、先っちょだけ白い三角形のそれ。内側は綺麗な桃色でタンポポの綿みたいにふわふわそうな白い毛がぴくぴくと揺れていた。
まぁ要するに、だ。猫の耳が生えてやがったって、ことで。
「うわぁああん見られたぁああ!!」
と顔を真っ赤にして泣き咽ぶをついつい呆然と見つめること数秒。
「……お前、猫又だったのか?」
「違うわー!!」
で、冒頭に戻る。
「それ、完璧に生えてきてんのか?」
「そうっぽい…」
引っ張っても抜けないし痛いし、とが呟くのと同時に、頭の上の耳がぺたりと困ったように寝そべる。
猫の耳が生えたせいで身体的特徴が微妙に猫寄りにでもなっているのか、普段より目が潤み水晶のように半透明に煌いている。
……完璧に感情と同調してんじゃねぇか……。
「どうしようどうしよう」とかうわ言みたいに呟き続けてるの頭の上で、今度はピコピコと忙しなく動きだした耳が……言いたかないが……妙に可愛らしい。
や、耳だけじゃない、今のが普段より『異常に』可愛いんだよこれ…。
な……何か変な汗でてきたぞ、ちくしょう。
―――触りてぇ。
この俺がファンシーなものにここまで惹かれるとか本気で自分が恐ろしくなる。俺って一体何なの。そういう属性あったの俺。
どこか遠いところへ思考が飛びかけたとき、視界の端にぴるぴると震えるものが映る。……の耳だった。
本当にただ何となく見ていただけだった。だからこそ、俺も意識していなかったんだろう。
気がついたら、その耳の先っちょに指が触れていて、
「にゃひんっ」
変な悲鳴と一緒に耳がぴるぴるぴるっ……大きく動いた。
同時に俺も飛び退る。かぁぁ、とかそんな生易しいもんじゃなく、ぶわぁああ!!と顔に血が上った。俺何してんだ!?
力いっぱいから目を背けた。……で、チラチラの様子を覗う。
奴はというと。まさに猫らしく、驚きで瞳孔をクワッと広げていた。耳の内側もさっきより桃色度が高くなっていて興奮しているのが一目でわかった。
うぉぉ…マジでやばい……変ににやけそうになる口元を手で隠して何とか平静を装う俺である。
と、
「………!?」
不意にの顔色がサッと青ざめた。
「…どした?」
完全に涙目で口だけパクパクさせている。ぷるぷる震える手を伸ばして、俺の装束の裾を引くは、まさに蚊の鳴くような声でぼそりと。
「………お願い……お尻触って……!!」
……………
…………………はい?
「お、お、お、おまっ…何、アホか!?」
嫁入り前の分際で男にケツ触らせるとか何考えてんだ!? 怒鳴り散らすと負けじとばかりに猫っぽい目を爛々と輝かせて
「だ、だって! 何か生えてるんだっつの! 自分で触って確かめるほど勇気なんかないわい!」
「何か生えてるってそりゃお前尻尾だろうが!! てめぇで触れよバカタレ!!」
「やだ! 自分の尻尾触るなんてやだ! もう四の五の言わずに尻触りやがれ!!」
傍から聞いてたりしたらなんつーか一体何の痴話喧嘩だって内容だな、とか頭の片隅で考えながら、
何故かぷっつんといってるらしいに尻を向けられた俺はその異様なオーラに気圧されてぐむ、と黙り込む。
や、そりゃ触りたくないわけじゃないんだ。ただほら、個人的に色々と雰囲気とかそういうのを大事にしたいだけで。
こんななし崩し的に触らせられるとかちょっとどうなんだよ、ってノリだと理解して頂きたい。
しかし、だ。
小袖越しとは言え、憎からず思ってる女の尻に触るなんつー暴挙をさせられそうになってる身としては、今のこの変な興奮つーか背徳感つーか……
どうしていいのかさっぱり見当もつかない。多分、この女の言うとおりちょっとかる〜く触ればいいはずだ。
根本の問題は片付かないにしても、今の尻触れ攻撃は止むわけだし。そうわかってんのに……何でだか躊躇する。そんな俺に気がついたのか、はこっちを振り向いて
「ほら、さっさとする!」
と睨みつけてきた。あぁもう畜生どうにでもなれ、と手を伸ばそうとすると、また爆弾発言かましてきやがった。
「着物の上からじゃなくて直接触って!」
お前色んな意味でヤバいだろそれ。
もう冷静でなんかいられるわけもない。正直また怒鳴りたい気持ちもあったが、そうしたところでまた喚かれるのは目に見えている。
だったら言うとおりにしちまったほうが怒鳴りあいで疲れることはないだろう。……精神的に激しく緊張するのは間違いないけど。
「……さ、触らせといて変な悲鳴あげんのは無しだかんな」
とりあえず先にそう断って、知らず生唾を飲み込む。の反応は、ない。
スル、と裾から手をゆっくりと差し込み、恐る恐る上らせて。
バコン! と頭を殴られた。
驚いてバッと飛び起きると物凄く嫌そうな顔で級友が俺を睨んでいた。……つーかあれ、は?
……何だこれ、状況が読めない。や、まて。アレは夕方頃の騒ぎだろ、でも戸の外を見ると真っ暗で、どう考えても今は真夜中だ。
仙蔵の格好も寝巻きだし、……あれ、俺も寝巻きだし。
「人の寝巻きに手を突っ込むなどと気色の悪いことをするな、文次郎」
袖口から人の腕撫でおってからに、と静かに憤慨する仙蔵を尻目に、俺は愕然とした。
ホントに夢オチかよ……!
「……おい、文次郎聞いてるのか」
仙蔵の言葉が右から左に抜けていった。
…欲求不満なのかなぁ、俺。
わたしそろそろ一回斬られた方がいいんじゃないかな!
本気でそう思ったのについついアップしてしまう貧乏性。
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