「明けましておめでとうございます、ようこそいらっしゃいましたアーサーさん」 「Happy new Year、本田。しばらく世話になるよ」 本来ならば本国では1月2日から仕事が始まるが、極東のこの国の正月休みに合わせて休暇をとっていたアーサー・カークランドは本田菊の家を訪ねていた。 出迎えてくれた菊が普段より僅かに華やいだ様子で、アーサーを家の中に招き入れる。 和やかに会話を交わしつつ、アーサーがこっそりと視線を彷徨わせているのに気づいた菊は、ふふ、とたおやかに微笑みながら 「さんは今支度に手間取っておりまして。もうしばらくしたらこちらに来ると思いますよ?」 告げると、アーサーの頬が一気に真っ赤に染まった。何いきなり変なことを、俺は別にそんなのこと……としどろもどろになりながら否定していたが、菊が浮かべている何でもお見通しですよと言わんばかりの笑顔を前に、やがてため息をつき 「……そうか、ありがとう」 と、ぶっきらぼうに礼を述べる。ツンデレ美味しいですね、などと菊が思っているとは露とも知らずに。 「支度……って、何の準備だ?」 「今さんが出向している一般企業の同僚さんからお誘いがあったとかで、これから初詣に行くそうです」 「ハツモウデ?」 「八百万の神様がおわす神社に、今年の幸を祈りに行くんですよ」 ちょうどここの近所に少し大きな神社がありますものですから、そちらに行くようですねと続けた菊の言葉に、戻ってくるまでは一緒に過ごせないのかとアーサーは僅かに肩を落とす。 ―――その直後、そんなぁ、と嘆くようなの声がした。 「申し訳ありません、到着早々お疲れでしょうに……」 「気にすんな、……俺はそんな柔じゃねえさ」 申し訳なさそうに頭を下げるの言葉にフォローを入れながら、アーサーは気づかれないようにの姿を目に焼き付けようと努力していた。 鮮やかな青地に薄青や桃色の群れるように咲き乱れる小さな花の模様が愛らしい振袖に身を包み、普段は下ろしている黒髪をアップにして大きく華やかな青い花の髪飾り(簪というのだそうだ)を差している、アジアンビューティーと言うか神秘的と言うか、何にせよめったに見られないのその姿に胸が高鳴る。 うすく施された化粧の愛らしさとか、白いうなじから襟元にかけての艶かしさだとか、目の毒であり目の保養にもなって、アーサーの気分は高揚していた。 「アーサーさんは、初めてでいらっしゃいますよね?」 「あ、あぁ……小袖姿は昔に何度か見たけど、振袖ってのは初めてだな」 「へ? いえあの、そうではな」 「すごく綺麗だ、」 「……っ」 高揚した気分がそのまま乗ってしまったのかいつになく素直なアーサーの言葉に、初詣について聞いていたつもりのは茹蛸のように真っ赤になり、もじもじと俯いてしまう。 そんなの様子がアーサーにも伝染して、二人揃って真っ赤になったまま無言でとぼとぼと神社に向かうのだった。 の「そんなぁ」というその声。 一緒に初詣にいくはずだった相手がどうしても出かけることが出来なくなったと断りの電話を入れてきたのが原因だった。 休みに入る前に約束して(ついでに一緒に振袖着ようね! と押しきられてしまったが見た目が若いだけで振袖なんて着る年じゃないんだけれど、と溜息をついた)、振袖もきっちり着込んでさぁ出かけようかという時にこれである。 それを菊とアーサー(まさか来ているなんて知らなかったのだ、黙っているなんて人が悪い……だなんて思っても口にはしないが)に聞かれていて、久しぶりに会う金と翡翠の人に見蕩れる間もなく 「それならば、さん。初詣はアーサーさんとご一緒したらどうですか?」 天啓がひらめいたとばかりの菊に手を取られたと思うと、その手をアーサーの掌に乗せられてしまった。 「「なっ」」 声にならない声が手を取り合った二人の口から漏れ、思わず見つめ合っていると 「さぁさぁいってらっしゃいお二人とも。折角だから縁日も楽しんでくるといいですよ」 輝くような笑顔で追い出され、ぴしゃりと閉められた引き戸を前に我に返り。 あれは絶対に楽しんでる顔だろ、とアーサーと笑い合って、現状に至る。 頬の熱が引かないまま歩くことしばし。 二人が参道に差し掛かる頃には疎らだった人通りが混みだし、前方からは境内に設置されたスピーカーから流れてきたのかお囃子の音色が聞こえてくる。 「……ひ、人が増えてきたな。もうすぐ神社なのか?」 「あ、はい、もうちょっとしたら大通りに出るのでそこからまた人が増えると思います」 「これ以上増えるのか! ……すごいんだな初詣ってのは」 気がつけば既に参拝客でいっぱいの道路を見渡し、アーサーは軽く目を瞠った。道の両脇には食べ物の屋台が立ち並び、ソースの焼ける香ばしいにおいや甘いお菓子の香りが立ち込めてきている。見たことのない日本の食べ物や、赤い果物が水あめに閉じ込められているお菓子を見つけて、アーサーはよくわからない浮遊感に支配されていた。 それがいけなかったんだろう、気がつけばつかずはなれずの距離にいた筈のの姿がなくなっている。流れる人の中に立ち止まり慌てて参道を振り返ると、参拝帰りの順路に入り込んでしまったのか神社と反対方向に流されかけている青い花の簪が見え隠れしていた。 「!」 「こ、ここですっ」 人の流れを遡り、アーサーはとっさに伸ばされたの手をしっかり掴むと勢いよく引き寄せた。 軽いの体はそのままアーサーの腕の中にすっぽりと納まる。 まさかの往来での抱擁に、が「ひゃぅ」と小さな悲鳴を上げたが、アーサーは構わず華奢な体をきゅ、と抱きしめ。 「大丈夫か、怪我は……ねえな?」 「はははははははいっ」 「そうか……」 安心してため息をついたところで、腕の中のが真っ赤になったまま硬直しているのに気づき、それから参拝客が自分たちを避けながら遠慮がちに視線を向けるのに気がつき、途端カカカと顔が熱くなった。少しばかり取り乱しながらを解放し 「悪ぃ!」 「い、いえ……お構いなく……」 恥ずかしげに目を伏せるを見て思考の片隅で可愛いなどと思いながら、アーサーはそっと手を差し出した。 「その、あれだ、またこんなになったら危ないし……エスコート、させろ。い、嫌だったらいいんだぞ」 目を逸らしながら、ぼそりと呟く。は赤い顔のままぼぅっとアーサーを見上げていたが、すぐに嬉しそうな笑顔を浮かべ、アーサーの手にふわりと自分のそれを重ねた。 「ぜひ、お願いします」 「……ああ、任せろ」 重なった掌の上の熱と、の微笑みに釣られる様に、アーサーもはにかむ様に口元を緩め。 二人は幸せそうに手を繋ぎ、参拝客の中に消えていった。 初 詣
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