ちゃーん!!」
世界会議の一日目が終わり、手配されたホテルの部屋のドアノブに触れようというところでした。
聞き慣れた声に振り向くと、とろけたような笑顔のフェリシアーノさんがパタパタと手を振りながら走ってきました。少しだけ疲れていた気持ちが軽くなり、自然と顔が緩みます。
そういうところがとても可愛らしくて(男性に喜ばれる言葉ではありませんでしょうが)、私はそんな彼が好きなんだと再確認しているのです。恥ずかしくて伝えることなんぞ出来やしませんけれど。

「こんばんは、おつかれさ」「ヴェー! やっぱり可愛いねー!!」

挨拶を遮るように全力で抱きつかれた瞬間、フェリシアーノさんの手が触れた腰からゾクゾクと言い様のない感覚が全身を貫き

「きゃう!?」
「ヴェっ」

思わず変な悲鳴をあげるのとフェリシアーノさんが驚いて飛び跳ねて私から離れるのが同時でした。

「ごめんね、急に抱きついちゃったから驚かせたかな……」

しょんぼりと顔を曇らせるフェリシアーノさんに、今の甘い痺れに動揺している自分をひた隠しながら私は「いいえ」と頭を振りました。表面を取り繕うのは菊さん同様お手の物です。海外の皆様からしたらあまり褒められたものではないでしょうが、大好きなフェリシアーノさんの笑顔が見れるならそれでいいんです。

「そう? よかったぁ!」

その甲斐あってか、フェリシアーノさんにとろける笑顔が復活して、私はこっそりと安堵の息をつきました。心の奥が暖かくなるようなこの笑顔が大好きな私としては、心底自分にGJ! と親指立ててしまいたい気分です。やりませんけれども。一応大和撫子と呼ばれている身でありますし。
そういえば、不意に思い当たって私は首を傾げてみせました。

「フェリシアーノさんは何か御用が?」

あるのですか、と続けるとえへへ、と面白いことを知らせたくてうずうずしているようなお顔になりました。

「あのねあのね、さっき菊とルッツがね……」

ちゃん耳貸して、と優しい手つきで私の耳にかかった髪をさらりとかきあげ、……

「ひゃんっ」

再びゾクン、とあの痺れ。はしたない悲鳴をあげる私を、フェリシアーノさんは呆気にとられたように見つめてます。
さっき何とかして気合で抑えきった筈の血流がぶわわと一気に頬に集まるのがわかります。
あああ、穴があったら入りたい。菊さんに即刻鎖国を申し入れてしまいたい。恥ずかしいったらありゃしません。
手にした書類で顔を覆ってしまおうかと手を持ち上げたその瞬間、

「ヴェー、ごめんねちゃん、俺もう限界」

ハグ、どころの強さじゃない、力強い腕にしっかり引っ張り込まれたかと思うと。
剥き出しにされた耳元で、いつもと全然違うしっとりした声色が耳たぶに触れました。




反則です。レッドカードです。
そんな声聞いたらときめいてしまいます。挙句に耳元でささやくなんて、あっ。

「……っっ」
「耳弱いんだ、ちゃんかわいー」

くすりと笑う吐息がまた耳にかかり、そのたびにびくりと震える己を恨めしく思いつつフェリシアーノさんを見上げました。
そんな私ににこりと微笑みかけ、

「ごめんね、ってさっきから俺謝ってばっかりだね? 最初に抱きついたときのちゃんの反応だけなら何とか我慢できたんだけど、髪の毛をかきあげるだけであんな声出されちゃうなんて」




可愛くって仕方なくて俺、君が好き過ぎてどうかしちゃいそうだよ。




その言葉と同時に降って来たフェリシアーノさんの唇を、私は真っ赤になったまま受け入れて。








 

貴 方 の 声 は 反 則




 

La tua voce e magica




 

君 の 声 は ス イ ッ チ









ちゃーん!!」
俺の声に振り向く、ちゃんの揺れる黒い髪が好き。俺を見てゆっくり三日月になる目の、その奥の黒い大きな瞳が好き。
そんなことを頭の片隅で反芻しながら駆け寄った勢いそのまんまでちゃんを抱きしめた、その途端。

「きゃう!?」
「ヴェっ」

その口から迸る悲鳴にびっくりして飛び跳ねた。

今の声、どう聞いても、あれだよね。あれなときのあれだよね? なんかあればっかりであれだけど。でも、そうだよね。
ちゃんのそんな声を聞けるなんて思わなくて、挙句それが想像以上に可愛くって。
だけど、きっと彼女のことだからなかったように振舞うんだろうな、ってぼんやりわかってたから

「ごめんね、急に抱きついちゃったから驚かせたかな……」

ちょっとわざとらしく落ち込んで見せた。そうすると俺をフォローしてくれるのを知ってるから。
その優しさがまた好きなんだ。
そして元々の用事……と言っても、そんなのだって表向き。本当はちゃんに会いたくて来たんだよ。恥ずかしがりの彼女にそれを伝えるにはムードが大事なのを承知してるから、胸に秘めたままちゃんに耳打ちしようと、綺麗な黒い髪をさらりとかきあげた。




「ひゃんっ」


うわ。

うわぁうわぁ。どうしよう、可愛すぎる。
間近で見た今の声と表情、与えられた強すぎる刺激を一生懸命堪えるようなそれは、元々大したことのない俺の理性を焼くのには充分過ぎで。
恥らうように書類で顔を隠そうとするほっそりした体をぎゅぅっと抱きしめた。
甘い甘い、ちゃんのにおいにくらくらしながら、耳元に唇を寄せる。
ごめんね、わかってる。きっと耳が弱いこと、君はとても敏感みたいだもの。


「……っっ」
「耳弱いんだ、ちゃんかわいー」


わざと耳に息を吹きかけるようにささやくたびに、眉根を寄せて体を震わせるちゃんが可愛くて愛おしくて。







そうして焼ききれた理性は灰になり。






どうか君を愛させて、と願いながら落としたキスは、君の心に届いてくれたかな。





そして二人でちゃんの部屋のドアに滑り込む。
少し潤んだ目をした君に、今こそ愛を告げよう。


これから先も、たくさんたくさん、愛させて。






そうして、翌日揃って遅刻して怒られるのは別の話。