※ ヒロインさんは一般企業に出向中です。
モブ扱いではありますがオリジナルの同僚さんなども出てきます。
微妙だぜ…という方はブラウザバックで戻って下さいまし。
見てやるぜ…という方はそのままスクロールどうぞです。
















 

 

 

 

 




私の仕事には、その時代時代の世相を『記憶する』というものがあります。
手っ取り早いのが、身分を伏せて一般企業に数年ほど出向するという手段でして、(勿論その企業のトップの方々には事情を説明させていただいてますが)今回もそんな感じでお世話になっているのが今の会社です。この会社は以前もお世話になっていたことがありまして。……大体、四十年ちょっと前でしょうか。
久しぶりに訪れた社屋が綺麗に改築されているのに、所々当時の面影を感じてなんだか胸がほっこりしたものです。
そうそう、今のそこの社長を務めていらっしゃるのが前回お世話になった時私の後輩として入社してきた方だったんです。ご挨拶に伺ったときにそれはもう驚かれてしまいました。当たり前ですけどね、当時の先輩がほぼ半世紀弱時が過ぎて当時と変わらない姿で現れて、挙句その正体が『国』と『年号』だっていうんですから。ふふ。ああいけない、私ったら。すっかり現実逃避してますね。

はい、現実逃避です。





 

こ ん な 日 も あ る 。









仲良くしていただいてる同僚さん達と、仕事帰りに飲みに行こう、なんてお話をオフィスの中でしたのが失敗だったんです。わかってます。飲みにいくのもまた記憶する仕事のひとつですし、その時代の女性、男性のファッションや思考やらを大体把握するのにも向いていたりもしますし。
それにやっぱり楽しいものなんです。仲良くして下さる皆さんと和気藹々と過ごせる時間と言うものはたとえ国と年号という存在の私にとっても、何事にもかえられないきらきらした大事な思い出になります。
なりますが、その中にちょっとばかりこう、あれ? って思ってしまう方がいてしまうとですね、やっぱりあれ? ってなってしまうのです。
その方は私のいる部署でも若干性格的にと申しますか、人間性と申しますか、何はともあれ少々評判の宜しくない方で。お仕事はとってもバリバリな方なんですが、まぁそのとにかく宜しくないのは確かです。
それで更にあれ? な事を申し上げますと、仲良しの同僚さん曰く「さんのこと狙ってるみたいだよー」だそうで。
狙うなんてそんな。私を暗殺でもしようとおっしゃるのかと思ったらそういう意味ではなく「彼女にしたい」とか「俺の女にしたい」とかそっちの類だったようです。道理で何かにつけて人の体に触れたり撫でたり妙に親しげなところをアピールしてくる筈です。悪趣味な。こう見えても私かなりの婆あですよ、年号として だけでもゆうに千と三百年、国としてなら……ああまた若干逃げました。要するにですね。





隣でやたらめったら腰に腕を回して耳元で気色の悪い発言をしないで頂きたい!
折角皆さんと楽しく飲んでいるところにいきなり偶然を装って現れるまではまだしも、席を隣に陣取って聞いてもないのに他の皆さんの欠点とやらを上から目線でぴーちくぱーちく。楽しかった飲み会があっという間に嫌なムード満載に変化してるのに気がついているんでしょうか、ついてないですよねこのざまでは。
で、おかしな空気が私に向いたところを敏感に感じ取った同僚の男性陣がそれとなく引き剥がしにかかってくれたり、女性陣がやんわりと窘めてくれたりしているのですが、こんなノリですから通じるはずもなく。
ねっとりとした視線が正直きつい。この破廉恥って叫んでローリングソバットでもお見舞いして差し上げようかとも思いましたが、そんなことをしたら流石に何かしらの処分が下りそうですし、というより他の皆さんに恐れられたりしたらやっていける自信がなくなります。
ため息を大っぴらにつくことも出来ず、私に張り付く方が醸し出す微妙な空気に苛まれながら、私はお慕いしているあの方に心の中で助けを求めるしかありませんでした。
結局、それからすぐにお開きにしようと結論が出たのですが、二次会行こうぜーなどと人の肩を抱きながら仰るものですから、八つ橋に包みつつご遠慮したい旨を申し上げましたところ、何故か却下されるという始末。挙句の果てに俺、お前と二人きりになりたいんだ……と鳥肌が立つようなことを囁かれてそろそろ我慢の限界が来ようというところでした。
先にお会計を済ませてお店の外に出ていた同僚さん数名が、変に色めき立ったのです。
嫌な気持ちを紛らわすためにお酒を少々多めに飲んでいたので思考が追いつかないまま(ついでにどうやって肩にまわった手を綺麗に剥がせるか思案したまま)のれんをくぐり、私は息が止まりました。



(ルートヴィッヒさん!?) (アルフレッドさん!!)
































ルートヴィッヒのばあい。



居酒屋前の歩道、そこのガードレールより少し手前側に逞しい体つきの男性がすとんと立ち尽くしていました。金色の髪を後ろに撫でつけ、ほんの少しだけ眉間にしわを寄せて。

「る、」

ルートヴィッヒさん、と名前を呼ぼうとしてもびっくりしすぎて声になりません。何で、どうして日本に。いいえもっと言うならばどうしてこうもピンポイントに居酒屋前にいらっしゃるんでしょう。
ルートヴィッヒさんは私の姿を見つけたらしく、ほんのちょっとだけ眉間のしわを緩めました。

「よかった、すれ違いにはならなかったようだな」

ほっとしたような笑顔が荒んだ私の心に染み込んでいきまして、若干涙腺が緩みましたが、まさかこんな人前で(しかもルートヴィッヒさんの前ででもありますし)無様な顔は見せたくもありませんのでぐっと堪えて笑顔を作ります。

「え、何語喋ってるのさん」「よくわかんないけど……もしかしてこの外国の人彼氏?」

同僚さんの浮き足立った声に我に返り、嬉しさのあまり肩に張り付いたままの存在を綺麗さっぱり忘れていたことに気づきました。私も現金です。
さてその張り付いたままの方は、目の前の屈強なルートヴィッヒさんの登場に混乱しておられるようでした。何だかよくわからない言葉を発していますが、それでも私の肩からは離れる気配はないようです。
ルートヴィッヒさんもその存在を怪訝に思われたのでしょう、緩んだと思った眉間が再びぎゅ、と寄ります。その瞬間、肩の人が「う」と呻きました。ルートヴィッヒさんの迫力にたじろがれたようです。私達の動向を窺っているらしい同僚の皆さんもまた少しばかり体を引いた様子でした。

、その男性は一体……」
「えー、と、ですね」

私が思わず苦笑いを浮かべてしまうと、その表情から悟られたらしく「あー……何となくだがわかった、皆まで言わなくていい」と額に手を当てて唸りました。すると再び肩の人がびくりと体を震わせました。酔いがすっかり醒めた様子で、顔色もなにやら真っ青です。あ、離れた。

「お、俺一人で飲んでくるわ、じゃな!」

言うが早いか脱兎の如く。あっという間に姿が見えなくなりました。



その後他の同僚さん方ともお別れしまして、私とルートヴィッヒさんは二人で帰路につきました。
ルートヴィッヒさんは来日してすぐに私の離れを訪れて下さったそうで、誰もいないから母屋にいた菊さんに事情を聞いてみたところ今日の飲み会のことを知ったそうです。

「我ながら欲張りなことだが、来日してすぐ君に会えないというのがとても不満だったんだ。……どうしても会いたくて本田に場所まで聞いてつい酒場まで来てしまったが、その、……迷惑じゃなかっただろうか……?」

大きな体を不安げに丸めたルートヴィッヒさんの言葉に、やっとこさ抜けたはずの頬の赤みが再び戻ってくるのを感じました。私に会いたいと思って、菊さんのところの母屋で待っていれば間違いないはずなのに、不慣れな日本の交通網を使ってまで、わざわざ街中の居酒屋まで足を向けて下さったんです。嬉しくないはずがありません。でもその気持ちを言霊に乗せるには、少々お酒を飲みすぎました。
ですから、そのお酒の力を借りて……私はルートヴィッヒさんの腕に力いっぱいしがみつきました。
途端しがみついた腕が強張るので、ルートヴィッヒさんの顔を見上げると、耳まで真っ赤になって、私から視線を逸らしていらっしゃいます。まるで私の頬の熱さがルートヴィッヒさんに伝染してしまったよう。

「……いいえ、……私、とても嬉しかったです」
「そ、そうか」

それだけやっとの思いで言うと、ルートヴィッヒさんから短い返事がかえってきて。しがみついていた腕をするりと抜かれたかと思うと、その腕が私の腰を優しく引き寄せてくれたのでした。


































アルフレッドのばあい。



! 待ちくたびれたんだぞ!」

のれんをくぐってきたわたしに向かっての第一声がこれでした。
そりゃ同僚の皆さんが色めきたつはずです。どう見たって金髪碧眼の、背が高くて見栄えの大変よろしい異国の男の方が目の前にいたら声をあげないはずがありません、多分。
「え、アルフレッドさん!?」驚いた勢いそのままに、日本語には聞こえない言葉で話したためか(こればかりはクセで仕方がないというか)、同僚の皆さんが驚いたような顔をしていました。ついでに肩に張り付いた方も。
アルフレッドさんはにこにこと満面の笑顔でいたのですが、どうやらわたしの肩に張り付いた方に気がついたようで、途端に熱湯に溶ける氷のように、笑顔が消えていきます。その瞬間、私の中に残っていたはずのお酒が綺麗さっぱり醒めていくのを感じました。

「Hey you?」

自分の存在を誇示するような妙に力の入った足取りで、アルフレッドさんが私に(多分正確には私に張り付いた方に、だと思いますが)歩み寄ると、普段の陽気な声から一変した低い低い声で静かに、だけれど有無を言わせない圧力を伴って、単語を区切るようにゆっくりと。

「She is my sweetheart. Get・away・from・her!」彼女は俺の恋人なんだからね、とっとと離・れ・ろ!

言い放つと同時にべりり、と私を引き剥がしそのまま片腕でしっかりと力強い抱擁。

「わ、ちょ……、アルフレッドさん!」

いきなりアルフレッドさんの胸に飛び込まされる形になって面食らった私をよそに、氷点下の視線でもって呆然としている肩に張り付いていた(過去形になりました…)方を一瞥すると、同じようにぽかんとしている他の同僚さんにニカッと笑いかけ、「マタネ!」と若干カタコトの日本語で挨拶して私を抱え上げやがりました。
途端に通りすがりの皆さんからも視線が集まるのを感じて、お酒が入っているとき以上に顔が熱くなっていきます。思わず年齢を忘れてジタバタ暴れて、何とかこの羞恥プレイを脱しようと思いましたが、相手は勿論男性で、挙句年齢的にもピチピチなアルフレッドさんです。がっちりと私を抱く腕から力が抜けるわけもなく、その上さらりと太ももの裏を撫で上げられてぞくりと震えが走ります。

「わひゃぃい!? お、下ろして下さいっ!」
「何言ってるんだい、君、お酒はいってるじゃないか? ふらふらよたよた歩くよりよっぽどこっちのほうが安全だし、ほら、どうせ少しの辛抱だよ! それにヒロインはヒーローに抱かれて退場するのがセオリーだろ?」
「どっ、どこが安全ですかっ!! 酔いはとっくに醒めました! 貴方にこんな恰好させられてる方がよっぽど危険ですっ! 下ろしてっ、下ろ」


ちゅぅ。


「――っ、なっに、を……!!?」
「いいからは黙って俺に愛されてればいいんだぞ!」
頭が真っ白になって言葉を失う私に、もう一度唇を寄せて愛の言葉を囁いて、アルフレッドさんは意気揚々と走り出すのでした。