ベランダから見る夜空は、淡くぼやけている。
夜景は綺麗だけど、星は殆ど見えなくて少しさみしい。


「何か見えますか」


聞き慣れた声がして振り返ると、スーツを着た鬼灯様が立っていた。現世での視察の一環で派遣社員として働いているからという理由はあれど、鬼灯様の頭に角がないのも、なんとなくさみしい。


「おかえりなさい、鬼灯様」
「今は夫婦として視察に来ているんですよ。…………夫に、様付けはいりません」


はいやり直し。
命じられては従わざるをえない。様を付けずに呼ぶのは、何だか変な感じで気恥ずかしい。


「……おかえりなさい、鬼灯…………さん」
「………………まあいいでしょう。ただいま戻りました、さん」
「……妻に、さん付けもいらないと思いますよ」


丁寧にしゃべる夫婦ならあるかもしれないけれど。そう言いながら、ベランダに向き直る。地平線付近に向けていた視線をずっと上に上げると、そこでようやく小さな星を見つけた。現世は、星空が遠い。
と、ネクタイを緩めながら鬼灯様が私の隣に立った。同じように視線を空に向けて。睨むような目つきなのは、薬の副作用を耐えているからだろう。


「…………
「え」


呼ばれた名前に、どきりとして隣の人を見上げる。呼んだその人はこちらに目線すらくれず、ただ夜空を見ていた。


「……現世は星空が遠いですね」
「…………そう、ですね」


何ですかその間は、と少し憮然とした鬼灯様に「何でもありません」と答えるけれど、浮かぶ笑みは止められない。
さみしさは、いつのまにか消えていた。